
払田柵跡の後は、岩手県盛岡市にある志波城跡(しわじょうあと)を訪れました。 1日にこの2つを回るのは大変でした…。

志波城は802年に坂上田村麻呂によって造営された城柵です。 志波城跡を囲む外郭は築地塀と大溝で構成され、 築地塀は840m四方、大溝は928m四方と、城柵の中でも最大級の規模です。 中央に政庁があって儀式を行う建物が並び、 その周辺には多くの役人が働く官衙建物群が建っていました。 陸奥国の中では最も北に設置された城柵だった志波城は、古代国家にとって東北進出のための重要な拠点でしたが、水害などの影響のため10年あまりで廃絶してしまいます。 上の②番目の写真は、志波城の外郭南門です。

志波城の概念図を描くと、上の図のようになります。

外郭からは、築地塀に付属して櫓状の建物跡が見つかっています。 発掘では、建物跡は柱の穴の痕しか見つからないので、上部がどういう構造だったかは分かりません。 志波城跡では、中世の絵画資料などから櫓状建物跡の上部構造を復元しています。 櫓状建物跡は6m×4.2mほどの掘立柱建物で、築地塀をまたぐようにして約60m間隔で設置されていました。 この建物は、志波城に近づく敵を監視し、矢を射掛けて撃退するような機能を持っていたと推測されています。

こちらは政庁の南門。 南門をくぐるとすぐに目隠し塀があります。

これは政庁の正殿。 政庁の中で最も重要な建物。 ほかの建物は立派に復元されてますが、ここはただの更地でちょっぴり寂しい。 まあ、復元しない方がいい場合もありますが…。

政庁正殿のあたりから南西ほうこうを撮影。 報告書では気付きませんでしたが、南西のわりと近い位置に低い山並みがあることが分かります。

この日の志波城はポカポカ陽気で、タンポポがたくさん咲いていました。 払田柵と志波城を1度に回るのはさすがに大変でした。 帰りは盛岡から仙台まで、新幹線を使わず東北本線で帰りました。 4時間かかりました…。 途中で駅に停まると、窓の外から田んぼのカエルの鳴き声がたくさん聞こえてきました。 たくさんの鳴き声が重なって、まるで潮騒のようでした。