
鎌倉の七里ガ浜で見つけたウミウの死骸。
こうして浜に打ち揚げられた後、カラスやカモメについばまれたりして、再び満潮になった時に、バラバラになりながら海へと引きずりこまれて…
魚や甲殻類や微生物なんかに食べられ、完全に海へと帰っていくんだろうなって思うと、少し厳粛な気分になります。
ほとんどの生き物は、このウミウのように、死んだら自然へと、地球へと帰っていくんですよね。
でも人間だけ違う。
人間には「お墓」というのがあって、土に埋めたり焼いたりしても、物質としての自分(あるいは親類など)の死骸を残そうと考えます。
お墓をつくる埋葬という風習はけっこう古く、旧人(ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス)の段階で生まれていたのではないかと考えられています。
イラク北部のシャニダール洞窟では、約6万年前の埋葬されたとみられるネアンデルタール人の男性の骨が見つかっています。お墓の穴の中からは、ヤグルムギクなど何種類もの植物の花粉が大量に検出され、お墓はたくさんの花で飾られていたとみられています。(このとき見つかった花粉は、後の2次的な混入による物ではないか、という批判的な意見もあります)
死骸を保存するといえば、古代エジプトのミイラなんか、その最たる物です。
どうして、人間は自然に帰らない事を選択したのでしょうね。
「あの世」とか「来世」でも生きたい、あの人に会いたい、というような思い。死後の世界という観念を持つような、抽象的な思考ができる高度な精神性の発達がそのような選択を生んだのでしょうか。
「あの世」とか「来世」でも生きたい、あの人に会いたい、というような思い。死後の世界という観念を持つような、抽象的な思考ができる高度な精神性の発達がそのような選択を生んだのでしょうか。
でも、世界には「水葬」や「鳥葬」を選択している文化もあるし…必ずしも抽象的思考能力や死の観念の発達が、死骸の保存には結びつかないような気がします。
うーーん。
結局わからないまま無責任に話題が変わってしまいますが、私が中学生の頃、地元の宮城県でちょっと話題になった童話作家の方がいました。カヤバユキさんという女性で、若くして肺ガンでなくなってしまった方です。死後に作品が地元紙にとり上げられ、私もそれを読んでとても感動しました。
結局わからないまま無責任に話題が変わってしまいますが、私が中学生の頃、地元の宮城県でちょっと話題になった童話作家の方がいました。カヤバユキさんという女性で、若くして肺ガンでなくなってしまった方です。死後に作品が地元紙にとり上げられ、私もそれを読んでとても感動しました。
「ヤドカリさん」という短いお話なのですが、人はみなヒトノカラダという殻を借りたヤドカリさんだ、という印象的な内容。このウミウの死骸を見ながら、カヤバユキさんのそのお話を思い出していました。
なんだか今回は支離滅裂な内容ですみません。。。
カヤバユキさんの「ヤドカリさん」は下のページでご覧になれます。
以前は彼女の作品を集めたHPがあったのですが、数年前に閉鎖されていました。残念。
http://www11.ocn.ne.jp/~shin0219/yadokarisan.htm
以前は彼女の作品を集めたHPがあったのですが、数年前に閉鎖されていました。残念。
http://www11.ocn.ne.jp/~shin0219/yadokarisan.htm