
“ボサノヴァのミューズ”ナラ・レオンのコンピレーションアルバム 『サニー・サイド・オブ・ナラ・レオン』 ナラのやわらかでチャーミングな歌声は、 晴れた秋の日の午後にぴったりです。 ナラ・レオンは1942年にブラジルのエスピリドー州ヴィトーリア市で生まれました。 父は弁護士、母は教師で、裕福な家庭でしたが、 幼いころのナラは引っ込み思案で物静かな少女でした。 アメリカのジャズやポップスのスタンダードが好きで、 映画は『雨に歌えば』などのミュージカル映画が大好きだったそうです。 12歳の時にヴィオラォンを習い始めましたが、 やがて彼女のマンションには音楽好きの人たちが集まり始めます。 アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルト、オスカル・カストロ・ヴェネス、ホナルド・ボスコリ… 今名前を見るとそうそうたるメンバーです。 これらナラの部屋に集まったミュージシャンたちによって、しだいに「ボサノヴァ」という新しい音楽がつくられていきました。 ナラの部屋はボサノヴァのゆりかごでした。 そして彼女は「ボサノヴァのミューズ」と呼ばれ始めるようになりますが、 彼女自身は早々にボサノヴァとは決別して伝統音楽やモーホ(裏山)のサンバに接近します。 1964年にはデビューアルバム『ナラ』を発表し、セルジオ・メンデスのトリオと来日もしています。 しかし、ブラジルにおける軍事政権の台頭とともに、彼女の歌には政治的メッセージが強くなり「プロテスト歌手」という性格が強まります。 ナラに対する軍事政権の圧力が強まり、 1969年、27歳のときフランスに亡命。 亡命時代の1971年に名盤『美しきボサノヴァのミューズ』を発表。 1972年にブラジルに帰国しますが、 本格的な音楽活動再開は1977年から。 ナラが再びボサノヴァに戻ってきたのは1984年、 ようやくブラジルが民主化した年でした。 彼女はこの時42歳。 その後も精力的に活動し、 2度目の来日も果たしますが、 1989年に脳腫瘍で亡くなりました。47歳。 女性らしさを強調せず、 ちょっと低めの声でやさしく歌うナラ・レオンの音楽は素晴らしいです。 この『サニー・サイド・オブ・ナラ・レオン』はパリからの帰国後の彼女の歌声を集めたアルバム。 1. ジザフィナード 2. ノルデスチ,セウ・ポーヴォ,セウ・カント・イ・グローリア 3. ミーニャ・エンバイシャーダ・シェゴウ 4. ビンガ・フォーゴ 5. マルシャ・ドス・ガファニョットス 6. サビア・ラランジェイラ,アンドリーニャ・プレタ 7. ドンゼーラ 8. 15年 9. 魔法の竜 10. オダーラ 11. 写真 12. あなたの巻毛の下 13. エラ・ジサチノウ 14. マランドロへのオマージュ 15. 中国のオレンジ 16. ナシ・パラ・パイラール 17. 開いた鳥かご 18. ラ・ヴェン・ヴォセ 19. 14年 20. ジ・マル・ブラ・ピオール 21. もう一度 22. コミーゴ・エ・アッシン 23. 足跡 24. 三月の水 25. ジェット機のサンバ 26. ムーンライト・セレナーデ 27. テンダリー 28. セイン・ケレール 29. あなたにサウダージ ボサノヴァの創成期に活躍しながら、 一度はボサノヴァと決別し、再び帰ってきたナラ・レオン。 彼女の歌には、他のボサノヴァ・ミュージシャンとは違う独特の世界があります。