僕にとってこの時期は端境期に当たる。夏~秋はハタのケツを追いかけ、冬~春は麗しのメバルに惑わされ眠らない夜を過ごしてみたり、フラットゲームに興じてみたり。

そしてこの晩秋、僕はターゲットを失ってしまう。そりゃ海に行けば何かしらの魚はじゃれついてくれるし、最近イカもやり始めた。
だけど身を焦がすような、睡眠や自分のプライベートな時間を全てつぎ込むような、命を削って遊ぶ相手を見失ってしまう。

それならばたまには釣りから離れてのんびりすればいい。でもそれが出来ないのが釣りという病を患った中年男のつらいところだ。この重症患者から釣りを取りあげてしまうと、とたんに男は行き場を失ってしまう。夜の街を彷徨うか、酒を呑んでは寝て、呑んでは寝ての自堕落な毎日になるか…ただでさえだらしのないぐうたら男、その生き甲斐を取りあげるのは我ながら危険だ。唯一健康的な釣りとの距離の置き方は色恋に入れ揚げる事だが、ご覧の通りそちらは最近はアタリすらないし、何しろ色恋というものは魚以上にカネを喰うし、今度は釣りに戻りたい時に戻れなくなる危険も孕む。

要するに緩慢と釣りを続けるしか選択肢はない、FISH or DIEという事になる。


『たまにはシーバスとか…』


ある晩そんな胸中を何の気なしにSNSのタイムラインの流れに浮かべて流すと、日頃かまって下さる方から、そんなリプライが届いた。
ほぅ、シーバスか。シーバスも良いなぁ…



ソルトウォーターゲームにハマり出した頃、少しばかりシーバスをかじった事はある。その後も釣りをしていく中でシーバスを狙ってみたり、思わぬゲストとしてシーバスを釣る事はあっても、『今日はシーバスを釣るぜ!』と意気込んでシーバスをメインターゲットとして釣りに出る事は、とんと少なくなった。

よし、んじゃ久しぶりにシーバスでも狙ってみるか…

仕事を終え、そのまま仕事場で仮眠を取る事にする。一旦家に戻って装備を整えて…も考えたが、この端境期のモチベーションが低い状態で家に帰ると、もうそのまま家で寝てしまうのではないかという心配もあって、そのまま仕事場で仮眠を取る事に。起きたら釣りに行く道すがら、家に寄ってシャフトの長いネットだけ持って行こう。


プルルルルルル…プルルルルルル…

警備保障会社からの電話で目が覚める。

あれ?今何時?…って、あれ?


ナイトシーバスを楽しもうと思っていたのに、盛大に寝過ごしてしまった。予定より3時間ほどオーバーランして仮眠してしまった。というかもはやこれは仮眠ではない。眠だ。普通の眠だ。

あわてて支度をして車に乗り込む。そして車に乗り込み、海へと急ぐ。現場に着いたのは5:00amを過ぎた頃。ポイントにエントリーして釣りを始める頃には何となく空が白みだしていた。


せっかくナイトゲームを楽しみたかったのに、恐らくこの分だと30分ほどで夜が明け、明暗部が消えてしまう。そしてポイントをざっくりチェックしてみたが、どうも生命感が無い。シーバスのボイルや気配はおろか、ベイトフィッシュの姿も見当たらない。さて、どうしたものか…。

とりあえずミノーをチョイスして明暗部や流れのヨレからサーチしてみるが、やはり反応らしい反応はない。そうこうしているうちに、空はどんどん明るくなる。うーん、駄目かな…

一旦シーバスのプラッギングは見切り、ジグヘッドに着け換える。ワームをセットして、ボトムを探ってみよう。フラットフィッシュや、ボトム付近のシーバスの反応があれば、と思い、シャッドテールワームをキャストしてボトム直上を探ってみるも、こちらも無反応。どうしたものかと思ってたらふと思い出す。

以前、ここで行き遭ったルアーマンの方と釣りをしながら雑談していた際、『此処で偶然クエを釣った事がある』と言っていた。シーバス狙いのストレートワームの棒引きを喰って来た、との事。クエ、か…



幼少の頃、今の僕と同じように重度の釣りという難病に冒されていた親父殿に馴染みの釣具屋に連れられて、そこで天井に貼られた黄ばんだ魚拓が目に止まった。

それは普段親父に連れられて釣る魚とはまるで違う魚だった。当時の僕の身の丈ほどある魚は僕の認識する魚よりもあまりにも大きく、雄々しくて、風格があった。

それ以来このクエという魚に憧れ、お気に入りの図鑑はクエのページに折り目がつくほど眺め、水族館では水槽の底の物陰でじっとしている重厚な主をガラスに貼り付いて眺めた。その頃はとにかく格好いい、格好いいという気持ちだったのだが、本格的に釣りをするようになっていつしか、この魚をいつかこの手で仕留めたいという想いに変わった。

そしてブラックバスから始まった僕のルアーマンとしてのキャリアは、自然と根魚へとターゲットが移行して、今の僕のスタイルにたどり着いた。


ちょっと、狙ってみるか。


ロッドの先に結ばれたルアーはそのまま、30gのジグヘッドにSAWAMURAのワンナップシャッド4インチ。自己最大のオオモンハタ55㎝を仕留めた必殺のセット。いつもはこれにブレードチューンを施すが、今回はブレード無しのワーム単体で使ってみる。

狙うは岸壁スレスレ、足元直下のボトム、バース下の空洞。ここで僕の選んだ釣り方は…

テクトロ。

所謂、足元にルアーを落とし、そのまま岸壁に沿って歩く、『テクテクトローリング』なのだが、バス釣りから生まれたこのメソッドは東京湾奥シーバスにも使われている。人によっては『セコい』と言う人もいるが、なかなかどうして理にかなっているメソッドだと僕は思うし、ここまでタイトにキワキワを撃ち、レンジやスピード、アクションを任意に細かく出来るメソッドはないだろうと思う。そしてこの僕はそのテクトロを得意とする『テクトロニスタ』を自称しており、カサゴ、メバル、シーバス、チヌ、コチ、ハタ…色んな魚をこのテクトロで仕留めて来た。そして今日狙うは憧れの魚…クエ…!


先ずは狙いを定める。流れが当たるバースの角に出来た小さな淀み。ここに落としてバース沿いを岸方向に歩き、バース根元の沈みテトラにコンタクトさせてピックアップのコースを選んだ。ポイントは落とし込んだ地点の淀みと沈みテトラ帯。出るとしたらこのどちらかだろう。その間もバース下は空洞になり、バースを支える支柱の間もまた、チャンスはあるだろう。

バースの角に立ち、そっとリグを落とし込む。指でスプールにテンションを掛けながらフォールへのバイトに備える。

着底。

歩き出そうとすると、微かな違和感を感じる。竿先に集中して一歩目を踏み出すと、その違和感は確かなバイトとして手元に衝撃が伝わって来た。すかさず岸壁沿いに下ろした竿先を進行方向にスウィープさせ、フッキングをお見舞いする。

乗った…ッ!

針を掛けられた魚はロッドティップを叩き、ドラグを鳴らして暴れて見せる。一応シーバスやチヌも想定して、若干だが糸は出るようにドラグは設定してあったが、野太い引きにスプールを親指で押さえて糸の出を調整する。着底後すぐのファイトだからほぼバーチカルでのやり取りの為危険は少ないが、厄介なのは手前側、バース下の支柱に巻かれる事だ。ロッドを沖方向に向け、魚の頭の向きを変えると、あとはひたすら力競べ。

今日はシーバス狙いの為、10フィートのMHクラスのシーバスロッドを使っている。このロッドは対磯場のハタ狙いメインで愛用している僕の相棒なのだが、魚を浮かせる力はもちろんあるが、これが足元のバイトとなると、少し不安要素が出てくる。

例えば真下に1キロの錘を置いて紐をつけ、それを長い棒と短い棒とに括りつけた場合、それを持ち上げるのにどちらが力を使うか、で考えるとわかりやすいだろう。これはとあるメーカーの社長さんの受け売りなのだが、真下の物を単純にリフトする力だけで言ったら、この場合短い棒(ロッド)の方が圧倒的に有利になる。長いロッドはリフトするのに力が掛かる上、棒は長いほどしなるので、初動の突っ込みを抑え切れずに浮かせる前に根に潜られる可能性も高くなる。

ただこれもショートロッドが如何なる場合も直下のバイトに有利かというとそうでもなくて、今回の場合のように足元のバース下が空洞の場合、手前側に潜られないように魚を誘導するには長いロッドが有利な場合もある。結論を言えばケースバイケースと言わざるを得ないのだけれど、ロングロッドとショートロッド、どちらの場合もその特性とデメリットを踏まえた上でファイトをしてあげれば良いと思う。


…なんて知ったかぶりはさておき、いよいよ魚が浮いて来た。ファイトの感じから行くと消去法で先ずシーバスは消えた。あと残る選択肢は狙い通りクエか、デカチヌか、それともハタかそれ以外のまさかのゲストか…

白旗を掲げるかのように、魚が横っ腹を見せる。まだ薄暗い水面にハタ系の魚体と、普段のハタとは違う、独特の斑紋がうっすら見える。
その名の由来の通り、まるで魚体に絵を描いたような紋様…九絵だ。魚に空気を吸わせて勝負あり。さあ、あとはネットに…

ネットは最初の立ち位置に荷物と一緒に置いてある。そこまで水面をズルズル引き摺っていく。非常に不細工なランディングだが、誰も見ていないし、ポイントは僕以外無人だし、まぁいいか…

ネットをバックパックから外し、ここまでが不細工だった分ちょっと格好つけて片手でロッドを持ったまま愛用のmegabass/TITLE HOLDERのシャフトをシャッ!とスマートに伸ばす。このランディングネットはフレームまでフルカーボンで非常に軽く、見た目もmegabassらしいデザインで非常に好み。またこのタイトルホルダーって名前がいいね。

スコン、スコン、スコンとシャフトはネットのフレームの重みで水面に向けて伸びる。片膝を着き、フレームの中に獲物を誘導する。誘導す、誘導…

あれ?

長さが?足りないよ?

あれ?


そう。寝坊のしわ寄せが時としてこんな所に現れる。
冒頭にも書いたが、本来仮眠の後、一旦家に寄ってポイントに合わせた6mシャフトのネットを持って釣り場に行く予定だったのだが、寝坊したおかげで自宅をスルーして直行してしまった。このタイトルホルダーは小場所&ライトゲーム用に買ったネットの為、軽さ重視で300のシャフト。何とか入りたいポイントなら300のシャフトでも届くか、と思って舐めていたら生憎潮位が下げ止まりからの上げ始めの為、バース下の支柱が見えるほど低い。上げの潮位なら何とか届くが、この潮位だとキツい…というか届かない。

スマートにランディングするつもりが結局岸壁に這いつくばってのランディング。腹這いのランディングと言ったらよくバスプロがトーナメントやTVの撮影で腹這いになってバスの口に親指を突っ込み、少し溜めてからの頭上に魚を掲げ雄叫びを上げる、あの格好いいパフォーマンスを想像しがちだが、現実はそうでもない。岸壁に四肢を投げ出して腹這いになり、シャフトのグリップの先っぽを持って腕を一杯に伸ばし、うんしょうんしょとブラブラさせて魚をフレームに入れようと試みる姿は、その格好よさの欠片もない。しかもそれでも届かない。困った。

恐らく魚体は1kgほど。このまま思いきってブチ抜いても良いが失敗するとせっかくの獲物に逃げられるしラインブレイクともなると魚にフックを掛けたまま海に還してしまうことになるし、3m以上の高さを空中でリフトするとなるとロッドにも負荷が掛かる。かくなる上は…


ネットを取る為に歩いて来た岸壁を、またしても水面で魚を引き摺って戻り、ヒットした地点を越え、バース根元のテトラ帯を目指す。魚は疲れきったままフックの掛かった口を開け、引き波を立てて就いてくる。ごめんよ、生き地獄だよね…

幸いテトラは粒も小さく、何とかシャフトの届く距離まで降りれそうだ。しかし45歳、運動不足の肥満体はスペランカーより弱い。腰の高さから落ちただけで1機減る。そんなフィジカルの僕にはこのテトラさえキツい。ちょっとしたSASUKEの気分だ、実際問題。

魚がバレたりテトラにラインが掛からぬように注意を払いながらテトラに貼り付いてそろりそろりと足を伸ばし、足場を確かめながらテトラからテトラに移る。よくヒョイヒョイと身軽に飛び移る釣り人を見掛けるが、あれは多分僕とは別の生き物で、源義経とか忍者とかの末裔なのだろうと思う。

何とかふうふう言いながら射程圏内までテトラを降り、無事ネットイン。最後の最後に抵抗してテトラに潜ろうとしたが、幸か不幸かそれまでの水面散歩で十二分に体力を削られていた為、あっさりと抵抗を止め、お縄についてくれた。




クエ、43cm、1kgあるかないか。

その魚体はまだ若魚らしくくっきりとした絵を、その身体に浮かび上がらせていた。ガチのモロコ師さんから見たらこんなの稚魚だと嗤われるかも知れないけど、ショアからルアーで狙って、大物用の物々しいタックルではなく、このタックルで仕留めた事、そして何より、サイズ関係なくクエという憧れの魚を仕留めた事に声の無い雄叫びを上げる。空を仰げばすっかり明るく、透明感のあるブルーとオレンジ色のコントラストが美しい。

この後数投するも、もうこの1尾で満たされてしまって、欲をかくのも美しくないな、と撤収。車に戻ると駐車スペースには近くの現場関係の方々が仕事前に集合していて、『ここで釣ったの?すげぇな』とか『お兄さん、写真撮らせてもらっていい?』とか声を掛けて頂いた。

その後タックルを片付け、近くの公園で神経を締めて斬新な血抜きを試み↓


帰宅…の予定が、中学生の頃からの釣友よりお誘いが入り、獲物を車に載せ、海から海へ。重症患者のお寝坊釣行は、まさかのアディッショナル・タイムに突入するのでした…