釣りを始めて何年たっただろうか。幼稚園に通う頃にはもう親父に竿を持たされていたからかれこれ40年近い。ルアーゲームとの出逢いは中学生の頃だがドップリとハマりだしたのは20歳の頃だったか、そこから数えると今年で25年となる。この遊びは飽きる事を知らず、年数を重ねれば重ねるほど逆に熱を帯びてくる。今ではすっかり、まるでセックスを覚えたての少年のように頭の中がそれまみれになっている。

そしてまた、夏が来た。

夏が来ると、普段にも増して僕は家に帰らなくなる。そしてあれこれと楽しんでいた釣り物の8割9割がこの魚に絞られる。



根魚馬鹿の夏の恋人、ハタの季節。
いつも側にいて僕を裏切らないカサゴちゃんを僕はよく「オレのヨメ」と揶揄するが、さしずめハタは「ひと夏の恋」か。夏が来る度に僕を翻弄するそのグラマラスなボディと情熱的なファイトは始めて出逢ったある夏の夜から僕を虜にした。

僕の暮らす伊豆界隈では深紅のボディが美しいアカハタと情熱的な豹柄ギャルのオオモンハタの二種が主なターゲットとなるが、今回はアカハタを求めて伊豆東岸の磯へ。

【DAY 1】
土曜の深夜、仕事を終えると身仕度をして愛車MM号の給油を済ませていざ、東へ。


峠を越え、伊東の街が見える頃、僕の目指す磯とは別の磯に乗っているN也の兄さんから連絡が入る。

「釣れません、魚信もありません、そちらに行きます!」

彼との付き合いは2年ほどになるが、良い釣り仲間であり、呑み仲間でもある。
仲間うちでも何というか…所謂「イジられキャラ」とでも言うべきかムードメイカーで、彼が場に居るだけで笑いが絶えない。芸人のような言い方をすれば「持ってる」男で、本人は一生懸命釣りをしているだけなのに数々のミラクルな笑いを生み出して来た。そして彼の存在は僕の「ドS魂」を激しく揺さぶる。彼と居ると何かしらの悪戯を仕掛けたくなり、その悪戯に彼はまんまと引っ掛かる。歳は僕より上で、困った時に力になってくれたり共に酒を酌み交わしたり、大好きな兄貴である一方で格好の玩具でもある。彼は僕を「塾長」と呼び、僕は「兄やん」と呼ぶ。

そんな兄やんから安定のノーフィッシュの連絡。僕の目指す磯へ合流するらしい。ふむ、これでひとまず退屈はしないな…

2:00am、最寄りの駐車場で兄やんと合流、兄やんは一足先に駐車場に着き、車の中で休憩していた。僕は駐車場に入ると迷わず真っ正面からハイビームを喰らわす。眩しそうに顔をくしゃくしゃにする兄やん。いつもの挨拶だ。

車から降りていつもの調子で下らない話をしながら辺りを見ると流石週末、深夜の田舎の駐車場にも関わらず釣り客と思われる車が数台。僕らの車の隣からも釣り人が降りて来て支度を始める。挨拶をして話を聞くと、どうやらグレ狙いのフカセ釣りで僕らと同じ磯に乗る予定のようだ。そしてバッテリー残量の少なくなったヘッドライトの電池のサイズを間違えてしょんぼりする僕に単4電池を恵んで下さった。有難い。

大荷物の支度をするフカセ師さんにお礼を言ってバックパックと二本のロッドを片手に先に磯へと向かう。最寄りの駐車場と言っても磯まで徒歩で20分弱の距離、僕と兄やんは下らない四方山話をしながらハイキングコースを歩く。心配なのは先行者の数。広い磯だが足場も良く、週末ともなれば下手したら満員という可能性もある。近くの磯は断崖絶壁のような足場の悪い磯ばかり。何とか目当ての磯にエントリー出来たら良いが…

ハイキングコースを外れ、磯に降りる踏み跡を辿ると藪に掛かった蜘蛛の巣が顔にかかる。それを払いながら「どうやら僕らがトップのようですね…」と兄やんに伝える。道に蜘蛛の巣が掛かっている…という事はしばらくの時間、其処を人が歩いていないという事だ。中には前日からポイントで過ごす強者も居るが…

無事磯に降り、荷物を降ろしてまずは一服。やはり先行者の姿はなく、静かで美しく、少し不気味な闇磯、程なくして先程のフカセ師さんも降りて来て、僕らの立ち位置の裏側を目指して磯の上を歩いて行く。さあ、始めようか。

兄やんは浮気せずナイトロックゲームで根魚を狙う。僕は…磯際の小さなサラシや浅場であわよくばヒラスズキ狙いのプラッギングに興じる事とした。風はなく、海面は凪いで穏やか。ヒラスズキにはちょっと不向きなコンディションだが、たまにはプラグで遊びたい。夜明けまで1時間半といったところか、それまで遊んでみよう。


予想通りノーバイトのまま、空がうっすら明るくなりだした。磯に切り込むようなスリットを挟んで対岸、兄やんからは何の報せもない。ふと目が合うと僕に向かって手を左右に振ってみせる。さて、本番はここから。そろそろ僕も根魚狙いに切り替えるかな、と薄明かりに白く映る小さなサラシを撃ちながら考えていると、三人組の若いルアーマン達が磯に降りて来た。彼らは荷物を置き、Go Proやらデジカメやらを準備しながら入れる立ち位置を探していた。そして僕らとフカセ師さんの間に入る事にしたようだ。これで磯に6人。そろそろ満員か、立ち位置が確保出来ても有望な場所で釣りは出来ないだろう。


よし、とりあえず1本、獲るか。釣りは1日のリズムというか流れが重要で、最初の1本を首尾よく仕留めれるか否かでその日の流れが変わって来る。最初の1本をバラしたり、なかなか獲れないでいると自分の釣りのリズムを組み立てづらくなる。だから大小問わず、僕は最初の1本をイメージ通りに仕留める事が大事と考えている。一番良いのはそんなのに左右されない、揺るぎないメンタルを持つ事なのだろうが…

さて。

それも踏まえてのルアーのファーストチョイス。僕は迷わずひとつのワームを手に取った。

KEITECH / CRAZY FLAPPER
今は亡き天才、林圭一が立ち上げ、彼亡き後もその意思を受け継ぐルアーメーカー、ケイテックのクロー/ホッグ系ワーム。元々バスワームなのだが一部の根魚師には愛好家もいるようだ。僕も数年前、中古ルアーのコーナーでこれを見つけて使ってみたところ、抜群の釣果をもたらしてくれたが惜しむらくは取り扱い店舗が少ないのとマテリアルが弱く、すぐに身切れて使えなくなってしまう事。ただコンパクトなボディと切り離して調整可能なアームが生む波動のバランスが絶妙で、アクション自体は波動に重きを置く僕の好みに完全に合致する。
最近馴染みのショップに冷やかしに行ったら入荷していて、手に取ってレジに行くと同じく根魚馬鹿のスタッフのお兄ちゃんは「やっぱりコレ買いますかwww」とニヤニヤしてバーコードをスキャンしていた。

さて、蘊蓄はさておき、実釣実釣。
このワームに21gのタングステンシンカーとビーズでテキサス・リグを組み、10フィートのロッドで目一杯沖へキャスト、テンションフォールでボトムまでゆっくり落とす。

着底。「コツン」という感触がシンカーからラインへ、それが竿先へ、その微かな振動がロッドを握る右手に伝わる。頭の中ではワームがそのボトムタッチの感触にワンテンポ遅れる形でアームを揺らめかせながら着底する。頭の中でこのイメージが出来てる時は大抵、当たる。もちろん肩透かしを喰う事もしばしばだが。
シンカーの着底する感触からひと呼吸おいて竿をゆっくりとリフト、上死点まで来ると竿を止め、シンカーをゆっくりカーブフォールさせる。再び「コツン」というボトムタッチの感触。

二度目のリフト。

スーっ、と持ち上げて上死点に達したリグがフォールに移行するタイミングでゴツっとした生命感。あ…触ったな…そのままフォールに入るがラインのテンションは弛まず、着底の感触もない。そっと聴きアワセをすると竿先がゆっくり絞り込まれる。ああ、喰ってるな…よしよし、幸先いいぞ…
ラインスラックを出さないようにリールを巻きながら持ち上げた竿先を下死点まで下げてひと呼吸、息を止めてフッキングしてくれる事を祈りながらひと思いにロッドを煽り渾身のフッキングをお見舞いする。

好し、乗った…ッッ!

対モンスターシーバスを想定して造られたGクラフトのロッドが美しい弧を描くと同時に手元に伝わる確かな手応え。あれ?デカいかも…
リールのTバー型のハンドルを握りしめ、根から剥がすべく一気呵成に巻き上げると獲物は激しい下方向への抵抗を始める。負けじと竿を立て、浮かせに掛かる。ドラグはフルロック、魚の暴れる感触がダイレクトに伝わる。ここからは力競べだ。
 
獲物はロッドとリールの力に耐えながらもクレバーに岩影を目掛けて突っ込む。足場の低い磯から力いっぱいの遠投した地点でのバイト、10フィートロッドを使っているとはいえ、自ずと竿先と魚の間に角度が付けられず、ラインは水面に対して鋭角に入ってしまう。こうなると第一ラウンドは魚に有利、こちらのロッドを立ててのゴリ巻きはあっさりと魚の力と知恵に屈し、根に張り付かれる。
先ずは我慢の時間。これまで、何本となくハタと闘い、仕留め、時には敗れて来たか。その経験が僕を落ち着かせる。慌てずに張らず弛めずのラインテンションで向こうの出方を待つ。ハタという魚は根に入りたがるが、逆に出たがる習性を持つ。そして出た瞬間に一気に剥がしに掛かるのだが、これを繰り返すうちにラインやリーダーは岩に擦れ、最悪ラインブレイクという結末を迎えてしまう。だから先ず潜られない事が大前提だが、潜られたとしてもダメージを最小限に食い止める必要がある。これが僕にとってロックフィッシュゲームのスリルであり、醍醐味でもある。しばし待つ。…動いた!
再び竿を立て巻き取りを開始、2ラウンド目のゴングが鳴る。まだまだ獲物は諦めずに次なる岩影を目指して突っ込む。再び膠着。そして3ラウンド目。だいぶ獲物は岸に寄って来た筈だが竿先にはその闘志が伝わって来る。そして再び根へ。今度は向こうも籠城作戦に出たか、暫く動かない。ふとスリット対岸の兄やんを見ると兄やんも手を止めてこちらのやり取りを見ている。苦笑いしながら首を傾げ、「出てこない」と水面を指差して苦戦を伝える。
続く膠着に少しラインを張り、ロッドのエンド部分をトントンと掌で叩いて振動を魚に送る。実際その振動が果たして伝わっているかは解らないが、根で固まった魚に僕はこれを時々やる。これを嫌がって魚が根から飛び出して来る…というおまじないみたいなものだが、次の瞬間、魚が動いた。勝機だ。ラインに致命的なダメージが入っていない事を願いながらラッシュを掛けると堪らず魚は浮き始めた。

少し沖目の水面に、赤い大輪の花が咲く。勝負あった。

手元まで水面を滑らすと魚と目が合ったか、最後の力を振り絞った抵抗に水面が割れる。ネット、ネット、と思ったがネットを持つ兄やんの立ち位置はここから少し離れている。幸い足場も低いので、寄せる波に乗せてロッドのベリーに左手を添え、一気に抜き上げ、恥ずかしげもなく雄叫びを上げる。

「フウゥ────────ッ!」

オッサンが上げた奇声に荷物置き場で休憩していた若いルアーマンの三人も此方を指差し獲物に視線が集まる。ハタは大きく育つとそこそこ獲物を捉える為の前歯が鋭くなるのだが、そんなのお構い無しに親指を突っ込み、トロフィーを掲げる。ずっしりした魚体の重みで親指に歯が食い込む。ヨンマル…乗ったか…!

兄やんと若いルアーマン達に祝福してもらい、僕は兄やんにこのワームを手渡す。前週末に此処に来た時もこのワームで小さいながらも連発している。完全にここのパターンにハマっている筈だ。
獲物をストリンガーに掛け小さなタイドプールに泳がせてグッドサイズの余韻に浸りながら煙草に火を点ける。最高に旨い一本を吸い終わる頃ふと兄やんの方に目をやると僕のお古の兄やんのロッドが大きく曲がって、僕の出した答えが正解だった事を証明してくれていた。


仲間から万年ホゲ太郎とからかわれる兄やんと久々のブツ持ちツーショット。兄やんの仕留めたアカハタも東伊豆クオリティ、見事な朱色の体高たっぷりのグラマラスなプロポーションだった。このツーショットは一昨年の真冬、極寒のメバルゲーム以来か。

この後もクレイジーフラッパー無双は続く。サイズは伸びないがアカハタ、カサゴ、ムラソイと連発。特にソイは根にスタックしたリグを外そうとラインを手に持ちチョンチョンとシェイクしていたらそれに反応してワームを引ったくり、慌てて手でフッキングして釣り上げた、必殺「ショアテジング(ショアからの手釣り)」の釣果。岩に挟まったシンカーを外してくれた上に楽しませてくれた、いい奴だった。


その後ルアーマン三人組とも仲良くさせてもらい、並んで竿を出し、メタルジグで回遊魚を狙ってみる。兄やんがトビウオが飛んでいたと言っていたのでシイラか、もしくは近くの港でも上がっているサバでも差してくれていれば…と思ったらやはりサバが入っていた。三人組のひとりが掛けると、少しして僕のジャークするロッドにも反応が。やり取りの末上がって来たのは丸々肥えたゴマサバ。こいつは旨そうだ…なんて思っていると、フックから逃れたサバは背後の深く大きなタイドプールに落ちてしまう。タイドプールを猛スピードで逃げるサバ、これは諦めるか…と思ったらその勢いのまま磯際の浅い所に自ら座礁してくれた。これはラッキー、と魚を掴むとその手をすり抜け、結局外海にリリースしてしまう形となった。これには三人と顔を見合せて笑った。

時計を見ると9:00を回っていた。僕と兄やんは獲物をその場で締め、クーラーボックスに仕舞うと締めた魚の内臓を針に掛け、それを餌にウツボでも食えば…と餌釣りを始める。お互いに仕事終わりから此処に直行、寝ずに釣りをしていた事もあって釣竿を握ったまま昼寝と洒落込む。あまりの暑さに目が覚めるともう10:00を回っていて、磯の上は水遊びに来た水着姿の観光客だらけだった。何だか場違いに思えたのと腹も減り、喉もカラカラなので磯から上がって駐車場に。汗だくの服を着替えてクーラーボックスから冷えた缶ビールを取り出す。

嗚呼嗚呼!旨い!
夏じゃなくても勿論旨いが、この炎天下はたった1本の缶ビールを最高に旨くしてくれる。水道で水浴びをして昼時までひと休み、頃合いを見計らって、飯に。

価格設定のブッ壊れたお気に入りの台湾料理店でたらふく食べる。そのまま車で昼寝、目が覚めると16:30。

しまった。少し寝坊したぞ。

今日は夕方から東伊豆ローカルの衆達と港でサバ狙いの約束。時間の約束はしていなかったが16:00には港に入っていると聞いていたので兄やんを起こして釣り場に急ぐ。現場には東伊豆の大声番長L君と相棒のBさん。L君にはお土産に地物の磯物をいただき、状況を聞くがあまり芳しくない様子。結局ノーフィッシュのまま、日暮れと共に納竿。皆と別れてひとり、伊東の市街地を目指す。

目的はコインランドリー、そして風呂と晩飯。車をコインランドリーに汚れ物をブチ込むと温泉へ。

東伊豆出身、大親友のヒップホップアーティスト、MC昇竜オススメの湯処、音無の森 緑風園。受付を済ませて中に入ると日曜の遅い時間なのもあってか入浴客は一人、僕とちょうど入れ違いに上がる所だった。という事は…この温泉を独り占め!素晴らしい!

汗を流して湯に浸かると1日の釣りに日に焼けてくたびれた身体に湯が染みる。ミシミシと軋む身体が柔らかな暖かさに解れていく。露天風呂でしばし寛ぎ、湯から上がる。湯上がりに冷えた缶ビールを…我慢我慢、まだ我慢!

そしてコインランドリーに戻って洗濯物を回収し、1日の労をねぎらう一人反省会の場所探しへ。お気に入りの旨い焼鳥屋「鳥眞」に電話をするが丁度炭を落としてしまったとの事、残念。では適当に街を徘徊してみるか、と開いている店を探すがほとんどの店が暖簾を下ろしてしまっていた。

困った。こりゃ晩酌難民だぞ。

やっと見つけた串揚げ屋、暖簾も出ているし中から客の声も聞こえる。よし、今夜は串揚げで一献…と思ったら店主に半沢直樹を理由に入店を断られた。なんじゃそりゃ。お前、この怨みは倍返…いや、やめておこう。せっかく今夜はいい気分だ。何処でもいいから冷えたビールにありついてゆったり過ごしたい。
店の女将に近くに開いている店を聞くとすぐ近くに開いている居酒屋があるそうなので、そちらにお邪魔する事に。

「炭家 くろべえ」…ふむふむ。ここは居酒屋料理の他に七輪であれこれ焼いて喰えるのか。
とにかく今はメシより何よりアルコールを入れたい気分なので七輪のサバ、タン、ホルモンを注文して湯上がりのビールを待つ。



うんうん、しあわせしあわせ。

炭を眺めながらビールを飲み、鯖のちりちりと焼ける音を聴きながら1日の釣りを振り返る。楽しかったなぁ。明日は何処に入ろうかなぁ。あちこち回るのもいいけど今回は今日行ったポイントをしゃぶりつくすのもいいよなぁ…

なんて考えているうちに眠気がやって来たので大酒呑みの癖に今夜は2~3杯で切り上げ、車で眠る。
そして深夜にむっくりと起きて、懲りずにまた海へ。今度はライトタックルに持ち変えてのナイトゲーム。アジングロッドでジグ単、何でもロッドのグリッサンドでスモールプラッギングに興じる。
ジグ単で明暗部を探るが反応がないので最強の五目プラグ、スミス/Dコンタクトで広範囲を探るとプルル、っとアタリが。僅かに竿先を叩きながら寄って来たアタリの主は、ちびムツくん。

楽しい。
楽しいが、流石にいささか疲れたぞ。せっかくの湯上がり、また汗だくになってもアレだし、1日の終わりに魚の顔見れたし、今日はもうおしまい。車に戻って明日への英気を養おう。

愛車に滑り込むとシートを倒し、深い眠りに就くのでした。


~つづく~