『KROさーん、約束の壱岐アジ、釣れたからそっち送りまーす』

メッセージの主は少し前にブログでも紹介した、ダーシモ→西伊豆酔いどれタフコン釣行に一緒に行った小笠原の怪人こと世界のちゃんだい(自称)からだった。


悪い予感しかしない

年に数回、小笠原などに遠征する彼からその都度、釣れた魚が送られて来るのだが、ちょっとこの男、感覚がおかしい。
これまでも16キロのコクハンアラ+『緩衝材』と称した1キロ物のハタやら何やらを敷き詰めた物を送って来たり、『さすがにあのサイズの魚はキツい』と言えば、今度はスチロール箱にミッチミチのハタやタキベラなどの『小笠原詰め合わせパック』を送って来たり。とにかく加減を知らぬ。
最初はそれを『善意の暴力』と称していたが、奴め、僕のリアクションに味をしめたか、最近じゃそれを楽しんでる風にすら見える。

これは、悪意だ。

奴は美味しい魚で僕を殺しに来ている。ならば応戦するまでよ。『善意の暴力』には、『食の暴力』を以て応えよう。これが彼と僕との因縁。


さて、X-デーの2月26日。指定時間オンタイムで荷が到着。



ちょっとまて。

箱、でかくね?
60×40、深さ40ほどのブロッコリー出荷用のスチロール箱を運送業者の方が重そうな顔をしてシンクに持って来る。開梱してみると、ほらね。やっぱりね。
冷蔵庫に移すついでに数を数えてみる。

ハイ、60尾。どーすんだよコレ

しっかり血抜き&内臓を掻いてくれてあるのが救いだが、青魚。そこまで日数は伸びないだろう。そしてこれを送って来たご本尊がアジを食べに降臨するのが明後日。それまでに奴を殺すアジ料理を考え、準備しなくては。

先ずは味見。

~壱岐鯵地獄 六拾本勝負~

[前夜祭]
・鯵の刺身
・鯵の握り
・鯵のたたき

先ずは定番の刺身&たたき、握りで食す。

いやもう、味見という言い方はアジに失礼。旨いに決まっているのだから。

だいちゃんが一尾一尾釣り上げる度に丁寧に血抜きをして腹を掻いてくれた極上のアジは
これまた一尾一尾丁寧に、キッチンペーパーとラップで個別に包まれていた。

もとより極上のアジが最高のコンディションに仕上がっているのだから、不味い理由が何処にも見当たらない。

包丁を入れていて、僕らが普段口にするアジとは全く別の魚を捌いているような感覚をおぼえた。潮流の速い玄界灘で鍛えられた逞しい身体は三枚におろそうと包丁を入れると弾けるような感触と共に刃先が入っていく。いわゆる死後硬直のそれとは毛色の違う、身そのものの豊かな筋肉の弾力に驚く。
そして切りつけると身は白く、青魚特有のあの色も匂いも殆ど感じない。逆にエグ味の抜けたアジの香りは優しく鼻と胃袋を刺激する。

まとわりつくような脂の質ではなく、さらっとしていて、身に対してバランス良く蓄えられた脂は釣り上げてから此方に届くまでの2日間で身に満遍なく行き渡っていた。


初めて関アジや関サバを食べた時の事を思い出す。その時と一語一句違わぬコメントしか出ない。

『アジじゃないよ、これ…』

美しく肥沃で潮流の激しい壱岐の海に育まれた、尾の黄色い鯵は、風味も食感も僕らが認識しているアジとは別の魚のように思えた。

旨いよ…旨いよ…

とりあえず味をチェックして、来る週末に此れを食べに来るご本尊に、膨大なアジをどうやって食わせるかを考えるつもりで定番の食べ方で食べてみたのだが、そんな使命も目的も忘れてしまうような旨さでした。

さあ、ここから始まりますよ。


作る側も食べる側も、そして読む側もつらいつらい食の暴力、『壱岐鯵地獄』が…

そして決戦前夜。献立をざっくり決めて、早朝から準備にかかる。
とりあえずアジフライのパン粉打ちをして冷凍、あとはコレ。


一枚一枚、丁寧に開いて漬け地に浸して風味を着け、日の当たらない風の通り道に吊るして干物づくり。最初の三品、そしてこのフライと干物、あとはお隣さんやいつも世話になってるスナックのママさんのところに刺身を造って持って行ったりなんだりで、何とか1/2を消化。これらの作業で発生した膨大なアラを焼いて、昆布と一緒に水炊きして出汁を採る。

前もって準備できるのはそれくらい。下処理バッチリとはいえ相手は青魚。出来るだけ食べるギリギリまで包丁は入れず、身が空気に直接触れないようにして、最高の状態で喰わせたい。これが辛いところか。とりあえず献立を基に必要な薬味やアジ以外の具材を切り出しておく。


そして迎えた、決戦当日。
宴の参加者は僕とだいちゃん、そして相棒のエライコッチャさん&ROKUTAのキョーダイと、僕の魚熟成の師であるアジンガーのキンタマ師の五人。


手書きで献立を書く。急いで書いたので筆が粗い。献立は全8品、前菜から〆くくりまで鯵づくし。あとはアドリブか。

メンバーも集まり、いよいよスタート。

まずは一品目。
・鯵刺身食べ競べ  ~刺身、酢〆、白漬け
そのままでも勿論旨いが、これを敢えて酢〆やヅケにしてみる。
酢〆、ヅケが美味しいメカニズム、それは『水分』にある。酢〆前の下処理の打ち塩であったり、ヅケの漬け地に含まれる塩分であったりの浸透圧によって身から余分な水分と共にエグ味が抜け、旨味が凝縮される。基となる魚のポテンシャルが高いところでコレをやると、そもそもスタートラインが違うのだから、突き抜けた旨さになる。よく『刺身で充分旨いのに味付けするなんてもったいない』というが、旨いからこそもっとおいしく…なのです。



・鯵庵さらだ

二品目はサラダを。鯵庵?…そう、アジアンです。駄洒落か。
でもサラダは本気です。ライム、ミントを散らしたサラダに揚げたてのアジの唐揚げをトッピング、ナンプラーベースのドレッシングを絡めたモヒートのようなさわやかなサラダです。



・鯵のたるたる
細かい賽の目に切ったアジと山芋を最近ハマってる万能チート調味料『姜葱醤(ジャンツォンジャン)』を使って、ちょっぴり中華なタルタルに。
この姜葱醤、生姜をネギ油に漬けたものなのだが、肉・魚・野菜・豆腐、とにかく色んなものにマッチして、そして旨い。ひと昔前の『食べラー』と同等か、それ以上の万能具合。最近これが手元に無いと落ち着かないぐらい。



・鯵のりゅうきゅう

これは献立には書かれていない、アドリブメニュー。刺身やらを引く際に出た切れ端を集めて
りゅうきゅうに。
りゅうきゅうとは大分の郷土料理で、鯛、カンパチなどの刺身を、胡麻たっぷりの少し甘めの醤油ダレで和えたもの。
何故、大分なのに『りゅうきゅう』なの?…これには諸説ありまして…

かの千利休が胡麻をこよなく愛した事から、胡麻をたっぷり使った料理を『利休焼き』『利休和え』など呼んでいたが、それが語源となって『りゅうきゅう』となったとか、かつて琉球の漁師さんから大分に伝わった料理だからとか、まあ色々あるワケで。ただひとつ確実なのは『旨い』、そーゆー事です。僕もこのりゅうきゅうが好きで、自宅にタレを作りおきしてあるレベルです。



・鯵の干物

前日から一昼夜半干しておいた干物が上がったのでこちらも。
僕は干物づくりが結構好きで、ちょいちょい釣った魚を開いては干物づくりを楽しんでいる。
漬け地の味付けも適当なのだが、何故か評判が良い。この日もみんなおいしそうに綺麗に食べてくれた。少し多目に干して置いて、お魚が大好物だという、だいちゃんの母上さまにお土産として持たせました。食べてくれたかなぁ…




・鯵フライ

『鯵フライ喰いたいっす』
という、だいちゃんのリクエストメニュー。

君は、僕が、いちばん、きらいなのが、パン粉打ちだと、知って、いるのかい?

でもアレだ。作業が嫌いなだけであって、不得意という訳ではない。やりますよやりますよ。
丁寧にゼイゴ取って、開いて、中骨外して、腹骨掻いて、小骨を1本1本当たって、酢で〆て、粉打ってバッター液絡めてパン粉まぶして…

めんどくせえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

グズりながらも、ちゃんとやってます。案外。

僕はアジフライを作る時、まず軽く酢〆します。ひたひたの割り酢で、表面が少し白くなる程度。このひと手間が身をふっくらとさせてくれるのです。そして揚げると酢の酸味がほのかな甘味に変わり、これがまた、旨いんだ。

ちなみにこのアジフライはごくごく一般的で平和なアジフライ。主賓のちゃんだいさんにはもちろん…


命名『卓球のラケット』

ふははふは、貴様が送って来たアジの中で一番デカい、37㎝のデカアジをフライにしてやったわ、ざまぁみろwww



・鯵の梅肉巻き串

1本の串焼きに対してアジを1尾使った、ぜいたく串焼き。
アジを三枚におろして、包丁で叩いた南高梅を塗って大葉と一緒に両つま折りにして串を打つ。そして皮目に味醂を薄く塗り、網の上でじっくり蒸らしながら焼き上げる。
見た目とは裏腹に、めっちゃ手をかけてます。しかも、食べるのは一瞬の儚さ。
でも手を掛けたら掛けた分だけ、魚は美味を以て応えてくれる。そして皆の顔がほころぶ。一瞬の驚きの後、全力笑顔になる。うんうん、うれしいな。



・骨煎餅
ちょっと箸休め。
前日の支度で出たアラは出汁に、そして当日の中骨はじっくり揚げてカリカリの骨煎餅に。
こちらも献立外のアドリブメニュー。この数の骨、喰い切らないだろうと思っていたら、瞬殺でなくなった。
君らはアレか。イナゴの仲間か。



・鯵のつみれ汁 ~冬の根菜と~

鯵のすり身と葱、生姜、胡麻。つなぎは絹ごし豆腐とすりおろした山芋でふわふわに。よく練って粘り気を出したところを、鯵のアラと昆布で採った出汁に、静かに落として行く。具材は春待ちの根菜…牛蒡、人参、大根を。出汁は沸き立たないように弱火で、沸騰手前のところにぽと、ぽと、とつみれの種を落として行く。
しばらく待つと、じっくり火の通ったおいしい塊が、ぷかりぷかりと浮いて来る。そして鯵のアラ出汁とつみれから滲んだ旨味を根菜がたっぷり吸って、出来上がり。


ハイ、お家芸『鍋くぱぁ』

狙い通り、つみれもふわふわに仕上がって、しんみり旨い。そして間髪入れずに…

・壱岐鯵ごはん 土鍋炊き


ハイ、連続
『鍋くぱぁ』w


アラの出汁と刻み生姜で土鍋炊きしたごはんに香ばしく焼き上げたアジをトッピング。薬味をどっさり散らしたら少し蒸らして完成。
鍋くぱぁの儀式を終えたら、躊躇なく、一気呵成に混ぜ合わせる。アジの身がほぐれ、薬味の香りが鍋の中から立ち昇る。

ひと口で白目を剥く旨さよ。全員、昇天。

そして土鍋の半ばまで進んだ頃にキンタマ君から

『これ…さっきのつみれの出汁掛けたら…』と魔提案。


ふふふ、その為に同時に出したのだよ、キンタマ君。茶碗に飯をよそって、そこにつみれの出汁をとぽとぽ、と…

これが『連続アクメ地獄』。テーブルを囲む野郎共、全員アヘ顔で啜り、かき込む。

絶頂に達したところで、壱岐鯵地獄 六拾本勝負、終了。冷蔵庫の中にはアジに混ざって入っていたムツが4~5尾のみ。あの量のアジを喰いきりやがった…

食事の後も宴は続き、いつもの釣り談義と下衆い話に華が咲く。特に今回は下衆方面にフォースが傾き、結果全員、ダークサイドに堕ちる。



旨い魚喰いながら釣り談義をアテに大いに笑った、珠玉の時間。極上の鯵を送ってくれただいちゃん、そして急な呼び掛けに応じてくれたROKUTAのキョーダイ、コッチャさん、キンタマ師、最高の時間でした。グラシアス!




皆で食べ終わったテーブルを片付けながらボソッとだいちゃんが呟いた『あー、でも今回はまだ食えたな…』の一言が、僕に敗北の味を教えてくれました。めでたし、めでたし。