そのまま(ありのまま)の自分でいい、という言葉は、
とても安心感を与えるし、満たされた気持ちにもなる言葉だけど、
決して今のままでいいってわけではない。
もちろん今のままでいい人もいるけど、
そうでない人のほうが多いんじゃないかなぁ?
というのは、多くの人が本来の自分とは別の自分になろうとしているから。
ムリしている自分。
本来の自分から離れて特別な何かになろうとしている自分。
それが今の自分って人がほとんどだから、
「今の自分=ありのままの自分」ではなく、
「今の自分=ありのままではない自分」という場合が多い。
頑張らなくていいというのは、
別の何か(誰か)になろうとしなくていいってこと。
そういう努力は必要ないってこと。
だから、頑張ることをやめたからって本来の自分に戻れるわけではない。
本来の自分とはどういう自分なのかに気づかなければ、
努力や頑張りをやめたところで路頭に迷う。
最初は解放感から自由を味わえても、
本来の自分に気づいていないのだから、しばらくすれば、また別の自分を生きてしまう。
自分の好きなことをやっているようでも、本来の自分から離れている人も多い。
それほど、本来の自分が分からない人が多い。
そうなる理由は一つじゃないけれど、
人が持つ承認欲求がそうさせていたりもする。
自分の中の満たされない思いが外に向かって「認めてもらいたい」になり、
認めてもらうには特別な何かにならなければと思ったりする。
憧れの誰かのように、人よりも優れている自分、周りに一目置かれる自分、
そうなるためにそれらを演じて、本来の自分とは違う者になろうとする。
また、被害者意識や犠牲者意識を使って、周囲の同情を買うことで注目を浴びようとしたり、
報われない自分や頑張っている自分を見せることで他者からの共感や理解を得ようともする。
いずれにしても認められたいためのアピール&相手に依存しているわけで、
こういうのって、意外に自分では気づけなかったりする。
なぜなら、これらの行為で周りが自分を認めてくれた場合(と言っても自分の無意識が
そうなることを求めて認めてもらえるように周到に演出しているわけですが)、
自身の承認欲求が満たされていることを、魂レベルの喜びや幸福感だと錯覚してしまうから。
本来の自分は、もっとシンプルだったりする。
他者に認められても、そこまでの高揚感はなかったりする。
そもそも、認められたいという欲求から何かをするわけではないし、
特別な何かをしようとしなくても、すでに特別なことが出来ていたりする。
ただ、そういう自分って、自分にとっては当たり前だから、
そんなにワクワクしないし、魅力も感じない。
だから、余計に別の何かになろうとしてしまう。
本当は充分に魅力的なのに、外に刺激を求めたり、依存的な承認を必要としたり、
人と比べてばかりいるから、自分の魅力に気づけない。
誰かに認められることで満たされようとする自分から、
すでに満たされている本来の自分に方向転換することが大切だと思う。
そのためには、本来の自分とはどういう自分なのかに気づく必要があるし、
これって、本当の意味で自分の無意識に触れていかなければ気づけなかったりする。
「変わる」というのは、今の自分から、本来の自分に戻ること。
ありのままの自分、そのままの自分に気づくこと。
決して別の何かに変わるわけではない。
今の自分こそが、別の何かなのだから。








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