本来の自分に戻って魂を生きる -5ページ目

このブログは、決して今の自分を非難しているわけではなく、
私が受け取っている スピリチュアル的あるべき姿 という意味で書いています。

引き続き参考資料ですハート





突然ですが、①の自分は何も知りません。

何を知らないのか?
②の存在を知りません。
だから、「満たされている」ということも、「自分の中の真実」も、何も知らない。

また、知ることもできません。
なぜなら、①の自分は、④と繋がっていないから。
繋がっていないから、外からの情報や、机上の知識でのみ④を知ります。

①の自分は、心が貧しい。
心が貧しいという言葉は耳触りが良くないけど、
これは、本当の意味で満たされていないということ。

だから、愛を欲したり、愛を知ろうとして、それらを外に求めます。

中には、自分が愛になろうとする場合も。
人の本質は 愛(④) だと聞かされたことで、自分が思い描く愛を基準に愛になろうとし、
特別な自分、崇高な自分になったかのように振る舞い(錯覚し)、
そんな自分に酔いしれてしまったり。
全ては心が貧しい自分を慰めるために、外からの承認を必要としているだけ。
それは、本来の自分から離れているから、②の自分を知らないから、そうなってしまう。

②の自分は、何にもとらわれていません。
それは、すでに満たされているから。
満たされている私たちは、何かにとらわれることも、何かになろうともしません。
愛になることも、愛を求めることも、愛を知ろうともしない。

それは、④を知っているから。
②は④と繋がっているから、④を知っています。
自身の内側で静かに満ちている温かい存在を知っています。

私たちは、ただ②に戻ればいいだけ。
そうすれば、外からの影響で左右される満足感や安心感ではなく、
内側から満ちている存在、
それこそが自分自身なのだということが、本当の意味でわかります。
私たちが②の自分から離れない限り(①にならない限り)、それはずっと続きます。

人にはそれぞれの真実(魂の願いや目的)があります。
私たちが②の自分を生きた時、その、真実の道に進みます。
②の自分は、それこそが魂の喜びであり、全体の中の個の役割だと知っています。
そしてそれは、特別なことをしなくてもすでに特別で、周りに自然と影響を与え、
全体の霊的成長に繋がっていることも知っています。
本来の自分(愛)とは、そういう存在。

②の自分から離れれば離れるほど、自分の真実(魂の願いや目的)を見失い、
他者の真実が自分の真実かのように錯覚します。
そうして、他者を羨み、嫉み、妬み、焦り、とらわれ、
自分以外の誰かになろうとしてしまいます。

①の自分は、何も知らない。
④と繋がっていないから、知ることができない。
でも、②の自分は、ちゃんと知っています。
それは、④と繋がっているからスマイル


まだまだ続きますハート






あくまでも今の私が見えていること、受け取っていることを前提に、
引き続き、つたない参考資料とともに読んでください笑
とにかく複数の情報が同時に存在するので文章にするのが難しいですあせる





今、私たちがいる世界は「幻想の世界」だと言われていて、
それは、量子力学などの化学でも証明されていると言われています。

近年は、「化学でも証明されている」という理由から、
今見ている世界は真実ではないとか、
時間についても、本当は存在しないとか、そのように言われていたりして、
特にスピ界では、幻想を超えることが私たちの真の幸せであり、
そこにしか真実はないと言われていたりします。

そのために、幻想に気づこう、幻想を見抜こう、
そして幻想を超えた真実の世界にシフトしよう、という声をよく聞きます。

でも、実際は幻想だろうと幻想でなかろうと、そんなこと、全く重要ではないんですね。
というのは、答えは「幻想かどうか」にあるのではないからです。

つまり、魂の目的を生きるうえで「幻想かどうか」なんて関係なくて、
そこに「とらわれる」ことで、もっと大切な、
それこそ化学では証明されていない神秘(霊的な成長や進化など)が
見失われているんですね。

それよりもただシンプルに、
これまでの記事でも書いたとおり、
私たちは必要があってこの世界に生きているのだから、
②の自分として生きることに意味がある、ということを思い出すほうが大切で、

そもそもは「知る」ために④から肉体を持つ②になったわけだから、
むしろ、今ここ(②の自分)を生きることこそが真実 と言えるんですね。

それと同時に、
私たちが忘れてはならない最も重要なことは、とらわれない ということで、

つまり、このブログで、
「魂のシナリオを生きる」「魂の課題や目的をクリアする」「②の自分に戻る」
ということを書いていますが、
それすらにも「とらわれない」ことが大切なんです。

おそらく、このブログを読んでいると、
自分の魂のシナリオは何だろう?目的は何だろう?
今の自分は本来の自分なのだろうか?
と、考えてしまわれると思うのですが、

上の資料でいう①と②の最大の違いは、とらわれているかどうか です。

なので、前回のブログで、グラウンディングについて書きましたが、
「まず今の自分がどんな自分なのか、ちゃんと自己観察(足元を見る)をする」
というところの「自己観察」は、

今の自分が何にとらわれているのか?
ということを、静かに観察するということでもあります。

実は、②の自分を知ると、
とらわれている ということがどういうことか、鮮明にわかる
んですね。

というのは、②の自分は本当に、何にもとらわれていない自分だから、
一旦その自分を知ると、この世界で同じことを体験するにしても、
とらわれている状態と、とらわれていない状態との違いが、明白にわかるんです。


私たちは「知る」ためにこの世界を生きているのですが、
それと同時に「知る」ことによって、
自分の中に「とらわれ」も生まれてしまうんですね。

たとえば、②の状態のときの価値観や信念は、
自身の魂の目的に沿ったものなので、
ただ純粋に、ただシンプルに、霊的な成長(魂の喜び)に繋がっているのですが、

多くの人々や多くの情報と交わることで、
その価値観や信念が次第に変化し、色んな「執着」や「とわられ」が絡んでしまって、
思い込みや思想、こだわりが強くなり、
それによって本来の自分や目的が見失われてしまう。それが①の状態です。

では、多くの人々や多くの情報を避けて生きればいいのか、というとそうではなく、
ただシンプルに、何にもとらわれていない、そして、
本来の目的を忘れていない②の自分に戻ればいい ということなんですね。

つまり、とらわれていることが悪いというわけではなく、
とらわれている自分に気づいて、①から②に軌道修正すればいい。ということです。

長くなったので、次回に続きますハート








前回の記事 で、
「次回は投影(鏡の法則)や幻想、時間のことなどについてを書こうと思います」
とお伝えしましたが、先にグラウンディングのことを書きます(^▽^;)ごめんなさい♡


引き続き参考資料です笑



この↑中で、私たちが一番意識しなければならない存在はどれか?

・・・・・・・・・・

ここで、③や④、と答えた方は、
グラウンディングが出来ていない…涙

と言っても、霊的な観点から見た場合、
多くの方がグラウンディングが出来ていないと言えるのですがあせる

よく、地に足がついていないとか、グラウンディングが出来ていないとか、
そういうことを耳にすることがあると思います。

で、大地と繋がるために土いじりをされたり、
素足で土や床を感じてみたり、ワークなどをされたり、
そのようにしてグラウンディングを意識されている方もいらっしゃると思います。

あくまでも私が受け取ったものですが、
霊的な観点から見た場合、「地に足がついていない」というのは、
足元を見ていない、つまり、
この資料で言う「①の自分を見ていない」ということのようです。

見ていないから、「今の自分が本来の自分ではないことに気づいていない」とのことです。

では「グラウンディング」はというと、
本来の自分として、この世界に足をつけて、魂の目的を生きること
ということのようです。

なので、あくまでも霊的な観点から見た場合ですが(しつこいあせる)、
①の自分のままグラウンディング的なことをしても、
あまり意味がないようで、

それよりも、
今の自分がどんな自分なのか、ちゃんと自己観察(足元を見る)をして、
もし本来の自分から離れているなら、本来の自分に戻し(センタリング)、
本来の自分の状態で、この世界での現実(魂の目的)を生きることが大切(グラウンディング)
とのことです。

グラウンディングが大切だ、というのは、そういう意味だから、
この資料の中で一番意識しなければならない存在は、①と②なんですね(^-^)

そして、本当に大切なのは②の自分

私たちは、①か④、そして③しか意識にありません。

自分の居場所がない。
自分が何をすればいいのかわからない。
自分は何のために生まれてきたんだろう。
本当の自分って何だろう。

そのように感じながら、自分探しを始めた人は、
心の世界やスピリチュアルな世界に足を踏み入れ、
③という存在、④という存在を知ったと思います。

たくさんの魅力的な言葉に励まされながら、
癒しを求めて③の世界にたたずもうとする人もいれば、
救いを求めて④の世界を目指そうとする人もいる。

そうして、それらの世界で満たされようと現実から目を背け続ける人もいれば、

やっぱりこの世界に救いなんてないんだ。
運命は最初から決まっていたんだ。

と、真の充足を得られないことから、また①に戻る人もいる。

私たちは、ただ②の存在を忘れていただけ。
同じ肉体を持った①がメインとなって、②の存在が隠れて見えていなかっただけ。

私たちが本当に求めているのは、②の自分。

「今ここを生きる」というのは、実は、「②の自分を生きる」ということだったんですね。

時間でいう「今」というよりも、
魂の目的を忘れていない自分、つまり、②の自分に戻って、この世界を生きる。
ということだったんです。

②の自分に戻ると、
今まで聞いていた言葉の真の意味(メッセージ)が理解できるようになります。
なぜなら、肉体があるかないかの違いで、②と④は同じだし、繋がっているからです。

今の私たちに必要なことは、①から②に軌道修正すること。
それが一番大切なことだったんですねクローバー











前回 お伝えしましたとおり、
あくまでも私が見えていること、受け取ってることをお伝えしていきたいと思いますが、
情報が多くて何から書けばいいのか、文章で説明するのも難しいしという感じです(*_*)

一応、少しでもわかりやすいように、こういうの準備してみました笑







これだけでは伝えきれていないのですがあせる

とにかく今の私たちは、ほとんどの人が①でこの世界を生きています。


そんな中、スピ界に足を踏み入れた方の中には、

②に気づかないまま、②と④を混同して、

①の自分から④の自分になろうとされる方が多いと思うのですが、

それは、④の自分こそが本来の自分なんだから、

④になることが自分たちの望みであって、それ以外は本当の望みじゃない!

と思われている(囚われている)と思うんですね。


確かに私たちは、④の高次の自分に戻ることがゴールなんですが、

それは本当の意味での最終ゴールであって、

そこに行くには、「この世界を生きることで、多くのことを知る必要がある」ようなんです。


で、全てを知った者が、高次の自分に還れる、とのことです。


ここでいう「全て」とは、

人として生きることで知れること」だそうで、

「人として」とは、「②本来の自分」のことです。


ややこしいので簡潔にまとめると、

②の自分としてこの世界を体験する」。

そして、

体験を通して知る ことだそうです。


どうやら私たちは、

与えられている全て(肉体とか感情とか、あるもの全て)を通して、

生きる(体験する)ことで「全てを知る」必要があって、

それが出来た者が最終的には悟れる

ということのようなんですね。


なので、全てを体験しなければ、最終ゴールの④には行けないわけで、

逆に言えば、全てを体験すれば輪廻を終わらせられる、ということのようです。


で、実際にそれを体験するのが「②本来の自分」なんですが、


じゃあどんな体験をすればいいのか?

それは個々で違うわけで、それがいわゆる「ここ」 でもお伝えした

その人だけの真実」と言われている部分なんですね。


で、その真実が、魂のシナリオなんです。


だから私たちは、魂のシナリオ(目的)を生きることが大切で、

というのは、そのシナリオは、

最終ゴールの④の自分に向かうために各々が自身で設定しているからです。

②の自分は最終ゴールの④に行くために、

自分が今世、何をクリアすればそこに近づくのかをわかっているんですね(そもそも②と④は同じだから)。


なので私たちは、魂のシナリオを無視して④の高次の自分に行くことはできないわけです。

いくら「スピリチュアルに生きている」と思っていても、

いくら「高次の自分に向かっている」と思っていても、

魂のシナリオを設定した②の自分に気づいていないのですから

当然、魂のシナリオから離れてしまっているわけで、

そのために過去世と同じようなことを繰り返して躓いている人、多いんです涙


で、何度も何度も同じ課題を設定してはクリアできずに、また生まれ変わる…


そもそもが①で生きてしまってるわけですから、

最終ゴールの④に向かうどころか、②にもなれていないんですね涙


まとめると、
最終ゴールの④に行くには、その前にやらなければいけないことがある。
それは②の自分が設定したシナリオを生きて、課題や目的をクリアすること。
です。


実はスピ界には、魂のシナリオから逃げて、目の前の課題に取り組まず、
④の最終ゴールにばかりに目を向かせている方が多くいらっしゃいます。
で、自分は「使命」を生きていると勘違いしていたりするのです涙


次回は投影(鏡の法則)や幻想、時間のことなどについてを書こうと思います。








本来の自分に繋がると、自分が何に囚われていたかがよくわかる。
自分自身がクリアな状態になるので、
クリアでないもの、つまり、濁っているものが目に付くようになるからです。

濁っているもの、という言い方は、ちょっと嫌な感じがするかもしれないけど、
クリアな状態から見た価値観とか、信念とか、こだわりとか、恐れとか…
そのような「囚われ」のことを意味しています。

自分自身がクリアな状態になるので、
自分に対してだけでなく、他者や周りのこともわかります。
これは、他者や周りに対して、
「良いか悪いか」ではなく、ただ純粋に、
「クリアかクリアでないか」、
「囚われているか囚われていないか」

という見方のことを意味しています。

ここ最近の記事は、本来の自分に関するテーマが続いていますが、
私が把握している本来の自分は2つあって、
これまで2つを1つにまとめて「本来の自分」としていたので、
今日からはちゃんと2つにわけて書いていこうと思います

本来の自分の中には、
「肉体を持った自分」と、
「肉体を持たない自分」がいます。

後者は前者より、さらにクリアな存在。
クリア過ぎて、意識すら持たない、といった感じ。

なのでこれからは、
肉体ありを「本来の自分」
肉体なしを「高次の自分」
という表現で書いていきます

私の場合は、先に本来の自分に繋がり、
そこからさらにクリアな状態?になって高次の自分に繋がったという感じです。
言語化するのが難しいので、ピッタリ合った表現ではなく、
あくまでもそんな感じ、という感じ笑

本来の自分に繋がり、さらに一体化すると、
今の自分や今までの自分がよくわかるのですが、
高次の自分に繋がり、さらに一体化すると、
この世界の、今まで見えていなかったことが見える、という感じになります。

今までの霧が晴れて、本当の意味で視界がクリアになり、
色々なことが見えるようになったことで確信に繋がったという状態。
もちろんまだまだ視界を広げていくけれども、本当に、
ここ数週間で、ここ(私の今世の目標の一つ)にたどり着いたことを、心から嬉しく思い、
気づきをいただけた沢山の方々に心から感謝しています。

というわけで、
今までは経験や体感によって気づいたことをメインに書いてきましたが、
これからはそれプラス見えていること、受け取ったことなどを書いていこうと思います。

因みに、私が把握している存在(私たちが知るべき最も重要な存在)は、
①今の自分
②本来の自分
③ガイドやマスターなどの高次の存在
④高次の自分

です。
順番も、この順番(その意味は追々伝えていきたいと思います(;^_^A)。

で、②③④が仲間で、①は仲間じゃない。という感じ笑

あくまでも私が見えていること&受け取っていること、ということですが、
嫌でなければ引き続き読んでください(〃∇〃)
多分スピリチュアルにご興味ある方には、それなりにおススメだと思います笑