『バガヴァッド・ギーター』 第2章

『バガヴァッド・ギーター』の要旨

ー魂と肉体の違いを知るヨーガー

 

 

 アルジュナは弟子としてクリシュナに身を委ねます。

 

 ここからクリシュナのアルジュナに対する教えが始まります。

 

 まず主は、一時的な肉体と永遠の魂との根本的な違いについて説明し、輪廻転生の過程、至上者への無私無欲の奉仕の性質、自己の本性を悟った人の特徴について語られます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリシュナ
 君は博識なことを話すが、悲しむ価値のないことを嘆いている。
 真理を学んだ賢者は、生きている者にも死んだ者にも悲しまない。(11節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 私も君もここにいるすべての王たちも、かつて存在しなかったことはなく、将来存在しなくなることもない。
 皆、永遠に存在し続けるのだ。(12節)
名前

 

 

クリシュナ
 肉体をまとった魂は、幼年・青壮年を過ごして老年に達し、死後肉体を捨てて別の体に移るが、賢者はこの変化に惑わされることはない。(13節)
名前

 

 

クリシュナ
 クンティーの息子よ。
 感覚とその対象物との接触によって人は、寒暑、苦楽を経験する。
 だが、それらは来ては去る感覚の一時的作用にすぎない。
 バーラタの子孫よ。
 それに乱されず耐えることを学べ。(14節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 人類の中で最もすぐれた男よ。
 幸・不幸に心を乱されず、常に泰然自若の者こそ、生と死の繰り返しから自由になるにふさわしい。(15節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 物質と魂の性質を学んで真理を知見した人々は、非実在(肉体)は一時的に現象しても持続せず、実在(魂)は永遠に存在することを知る。(16節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 体内にあまねく充満している魂は、いかなる方法でも決して傷つかず壊されもしない。
 誰も不滅の魂を破壊することはできない。(17節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 魂は永遠不滅であり、その実相は人知によって計り難い。
 破壊され得るのはただ肉体だけである。
 ゆえにアルジュナよ、勇ましく戦え。(18節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 殺す、殺されると思うのは、生命の実相を知らないからだ。
 知識ある者は自己の本性(魂)が殺しも殺されもしないことを知っている。(19節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 魂は、誕生もなく死もなく、存在しなかった時も存在しない時も存在しなくなる時もない。始めなく永遠で絶えず存在し続ける、太古の存在である。
 肉体は殺されても、魂は殺されはしない。(20節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 プリターの息子よ。
 魂は不生不滅、不壊不変であると知る者が、人を殺し人に殺されることなどあり得ようか?(21節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 人が古くなった衣服を捨てて新しい衣服に着替えるように、魂は古くなった肉体を脱ぎ捨てて新しい肉体をまとうのだ。(22節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 魂は、どのような武器を用いても切り刻むことはできない。
 火にも焼けず、水にもぬれず、風邪でも乾燥することはない。(23節)
名前

 

 

 

 

クリシュナ
 魂は分割できず、溶けず、燃えることなく乾くことなく、永遠で至る処に遍満し、不動不滅である。(24節)
名前
 
 
                                                         

 

クリシュナ
 魂は五感で認識することはできない。
 目に見えず、人知で想像も及ばぬもの。
 魂は常に変化しないものと知って、肉体のために嘆き悲しむな。(25節)
名前
 
 
 
クリシュナ
 だが、仮に魂が誕生と死を絶え間なく繰り返すと考えたとしても、おお剛勇の士よ、悲しむ理由は何もない。(26節)
名前
 
 
 
 
クリシュナ
 生まれたものは必ず死に、死んだ者は必ず生まれる。
 それゆえに、避けることのできない現象を嘆かずに自分の義務を行いなさい。(27節)
名前
 
 
 
 
クリシュナ
 アルジュナよ、すべての生命は誕生の前に形なく、生まれてから死ぬまでの一定期間に姿形を現し、死後また形がなくなる。
 この事実のどこに悲しむ理由があるのか。(28節)
名前
 
 
 
 
クリシュナ
 おおバーラタの子孫よ。
 肉体の中に住む魂は、永遠不滅にして殺すことは不可能だ。
 ゆえにすべての生命について嘆き悲しむな。(30節)
名前
 
 
 
 
クリシュナ
 幸不幸、損得、勝ち負けなど一切考えずに、ただ義務として戦うならば、君は決して罪を負うことはない。(38節)
名前
 
 
 
クリシュナ
 プリターの息子よ、これまでサーンキャ・ヨーガ(分析的知識)を述べたが、さらにブッディ・ヨーガの話を聞きなさい。
 結果を期待せずに働くことによって、君はこの世の束縛から解放されるのだ。(39節)
名前
 
 
 
クリシュナ
 君は、定められた義務を行うことはできるが、その行為の結果を決めるのは君ではない。
 決して自分が行為の結果を思うままにできるとは考えうな。
 また義務の遂行に怠惰になってもいけない。(47節)
名前
 
 
 
 
クリシュナ
 富の征服者よ。
 義務を忠実に行え。
 そして成功と失敗とに関するあらゆる執着を捨てよ。
 このような心の平静をヨーガと言うのだ。(48節)
名前
 
 
 
 
クリシュナ
 ダナンジャナよ。
 見返りを求めて仕事をするのは、奉仕の精神で仕事の結果を主に捧げることよりはるかに劣る。
 すべての結果を至上者に委ねて活動せよ。
 結果を期待して働くのは哀れな人間である。(49節)
名前
 
 
 
 
クリシュナ
 知性が至上主とつながった聖者は、行為の結果を捨てることによって生と死の束縛から解放され、不安のない主の住処に達する。(51節)
名前
 
 
 
クリシュナ
 プリターの息子よ、心から生じるすべての欲望をことごとく放棄し、心を支配し自己(魂)の至福に満ちた本性に満足した人は、不動智の人と知られる。(55節)
名前
 
 
 
 
クリシュナ
 心身の苦しみ、他の生命からの苦しみ、天災の苦しみ、この三種の悲苦にも心を乱されず、感覚的快楽を得る機会があってもそれを求めず、執着と恐れと怒りを捨てた人を不動心の聖者と呼ぶ。(56節)
名前
 
 
 
クリシュナ
 俗的なものに愛着せず、良いことがあっても歓喜せず、不幸に直面しても嫌悪しない人は、知性が定まった人である。(57節)
名前
 
 
 
 
クリシュナ
 亀が手足を甲羅に収めるように、五感の対象から自分の感覚を引き払うことのできる人は、知が固定したと言える。(58節)
名前
 
 
 
 
クリシュナ
 肉体をまとった魂は禁欲しても経験してきた味わいを記憶している。
 だが、至上魂を悟ることにより、その記憶も消失するのだ。(59節)
名前
 
 
 
 
クリシュナ
 クンティーの息子よ、感覚的衝動はまことに烈しいものなので、解放を求めて道を究めようとする修行者の心でさえも力づくで奪ってしまうのだ。(60節)
名前
 
 
 
 
クリシュナ
 私に服従することによって五感を支配し、私の保護のもとにいなさい。
 感覚を支配した人だけが知性をしっかりと固定できる。
 そうした人を不動智を得た聖者と呼ぶ。(61節)
名前
 
 
 
 
クリシュナ
 感覚の対象を見てそれを思い出すことによって愛着するようになり、その愛着によって欲望が起こり、欲望から怒りが生じてくる。(62節)
名前
 
 
 
クリシュナ
 怒りから妄想が生じ、妄想によって記憶が混乱し、記憶の混乱によって知性を失う。
 知性の喪失によってまた物質存在の海に堕ちてしまう。(63節)
名前
 
 
 
クリシュナ
 しかし、あらゆる執着と嫌悪から離れ感覚を支配できる人は、感覚の対象を楽しんだとしても歓喜の段階に達する。(64節)
名前

 

 

 

 

クリシュナ
 感覚を支配し、歓喜の段階に入ったとき、物質界のすべての苦しみは消滅し、心が満たされた境地で速やかに知性は安定する。(65節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 水の上を行く舟が強い風に吹き流されるように、諸感覚のただ一つにさえ心を許したなら人の知性はたちまち奪われてしまうのだ。(67節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 ゆえに剛勇の士アルジュナよ。
 諸々の感覚を各対象物から断固として抑制できる人の知性はまことに安定している。(68節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 無数の河川が流れ込んでも海は泰然として不動である。
 欲望が次々に起こっても追わず取り合わない人は平安である。
 だが、欲望を満足させようとする人はそうではない。(70節)
名前

 

 

 

 

クリシュナ
 すべての物欲を放棄した人、渇望から解放された人、「私は」という偽った自我もなく所有欲を持たない人、このような人だけが真の平安を得る。(71節)
名前

 

 

 

クリシュナ
 プリターの息子よ、これがブラフマンに達する道。
 ここに達すれば一切の迷いは消える。
 臨終の時においてすらここに到れば、解放が得られる。(72節)
名前