物質界は、創造主クリシュナに苦しみに満ちた世界と断言されています。
ならば、ここを快適な場所に変えられるものでしょうか。
もちろんできません。
科学が発達したことで、何が苦しみか誰も分からなくなっています。
苦しみとは、誕生・老年・病気・死であり、私たちにはそれが解決できないため、問題をわきへ逸らそうとします。
いつも私たちを困らせている苦しみに対して、科学者は何の力も持ちません。
私たちが生きているこの物質世界は、マーヤー、つまり幻想と呼ばれています。
マーヤーとは「~でないもの」という意味です。
では、幻想とは何でしょうか。
私たちは物質を支配しようと試みることにより、逆に物質界の法則にがんじがらめに支配されています。
あたかも自分がすべての主であるかのようにふるまうこと、それが幻想と呼ばれるものです。
この物質世界の中のすべての生命体はマーヤーの統御の下にあり、マーヤーの仕事は生命体が三重の悲惨さの影響を受けるようにすることです。
それは、半神たちによって引き起こされる苦しみ(日照り、地震、嵐など)、虫や敵など他の生命体によって引き起こされる苦しみ、そして自分自身の体と心によって引き起こされる苦しみ(精神的および身体的な欠陥など)です。
外的なエネルギーの統御によってこれらの3つの悲惨さの影響を受ける制約された魂は、様々な困難に苦しみます。
この物質世界は、生命体にとっての監禁の場所です。
そして生命体は生来アーナンダマヤ、すなわち喜びを追い求めます。
生命体は実際は制約されたこの世界の監禁から自由になりたいのですが、解放の過程を知らないので、一つの生命の種から別の種へと、そして一つの惑星から別の惑星へと転生する運命にあるのです。
小さな完全個体(生命体)が完全全体者(神)を悟ることができるように、あらゆる便宜が用意されています。
完全全体者について不完全な知識を持つと、不完全な物事を体験しなくてはなりません。
生命体が人間の体に入るのは、その生命体の意識が完全な状態で現れたということであり、生と死を繰り返す中で、840万種の生物体の中を出たり入ったりする進化の最後に得られるものです。
人間として生きているのに「完全全体者と関連する自分の完全さ」を悟らなければ、自分本来の完全さを悟る機会を見逃し、物質自然の法則によってふたたび進化の循環に縛り付けられます。
すべての生命体は、本来の精神的姿においてすべての感覚を持っていますが、今は肉体と心によって包まれているために、物質的な状態で表れています。
物質的感覚の働きは、本来の精神的感覚の働きが歪められて表れたものです。
こうした誤った病的状態において、精神的魂は物質に包まれた物質的活動をしています。
本当の感覚の楽しみは、物質主義という病気が治ったときに味わうことができます。
穢れのない本来の精神的な姿に戻るとき、本当の感覚の楽しみを満喫できるのです。
患者は、再び感覚を楽しむために健康を取り戻さなくてはなりません。
ですから、人間生活の目標は、歪められた感覚の喜びを味わうのではなく、まず病気を治すことに向けられるべきです。
