Krsnotkirtana Gana Nartana Parau
( Sri Sad-Goswamyastakam)
Srinivasa Acarya
(1)
kṛṣṇotkīrtana-gāna-nartana-parau premāmṛtāmbho-nidhī
dhīrādhīra-jana-priyau priya-karau nirmatsarau pūjitau
śrī-caitanya-kṛpā-bharau bhuvi bhuvo bhārāvahantārakau
vande rūpa-sanātanau raghu-yugau śrī-jīva-gopālakau
(2)
nānā-śāstra-vicāraṇaika-nipuṇau sad-dharma-saḿsthāpakau
lokānāḿ hita-kāriṇau tri-bhuvane mānyau śaraṇyākarau
rādhā-kṛṣṇa-padāravinda-bhajanānandena mattālikau
vande rūpa-sanātanau raghu-yugau śrī-jīva-gopālakau
(3)
śrī-gaurāṇga-guṇānuvarṇana-vidhau śraddhā-samṛddhy-anvitau
pāpottāpa-nikṛntanau tanu-bhṛtāḿ govinda-gānāmṛtaiḥ
ānandāmbudhi-vardhanaika-nipuṇau kaivalya-nistārakau
vande rūpa-sanātanau raghu-yugau śrī-jīva-gopālakau
(4)
tyaktvā tūrṇam aśeṣa-maṇḍala-pati-śreṇīḿ sadā tuccha-vat
bhūtvā dīna-gaṇeśakau karuṇayā kaupīna-kanthāśritau
gopī-bhāva-rasāmṛtābdhi-laharī-kallola-magnau muhur
vande rūpa-sanātanau raghu-yugau śrī-jīva-gopālakau
(5)
kūjat-kokila-haḿsa-sārasa-gaṇākīrṇe mayūrākule
nānā-ratna-nibaddha-mūla-viṭapa-śrī-yukta-vṛndāvane
rādhā-kṛṣṇam ahar-niśaḿ prabhajatau jīvārthadau yau mudā
vande rūpa-sanātanau raghu-yugau śrī-jīva-gopālakau
(6)
sańkhyā-pūrvaka-nāma-gāna-natibhiḥ kālāvasānī-kṛtau
nidrāhāra-vihārakādi-vijitau cātyanta-dīnau ca yau
rādhā-kṛṣṇa-guṇa-smṛter madhurimānandena sammohitau
vande rūpa-sanātanau raghu-yugau śrī-jīva-gopālakau
(7)
rādhā-kuṇḍa-taṭe kalinda-tanayā-tīre ca vaḿśīvaṭe
premonmāda-vaśād aśeṣa-daśayā grastau pramattau sadā
gāyantau ca kadā harer guṇa-varaḿ bhāvābhibhūtau mudā
vande rūpa-sanātanau raghu-yugau śrī-jīva-gopālakau
(8)
he rādhe vraja-devīke ca lalite he nanda-sūno kutaḥ
śrī-govardhana-kalpa-pādapa-tale kālindī-vane kutaḥ
ghoṣantāv iti sarvato vraja-pure khedair mahā-vihvalau
vande rūpa-sanātanau raghu-yugau śrī-jīva-gopālakau
(1)
私は6人のゴースワミ、すなわちルーパ・ゴースワミ、サナータナ・ゴースワミ、ラグナータ・バッタ・ゴースワミ、ラグナータ・ダーサ・ゴースワミ、ジーヴァ・ゴースワミ、ゴパーラ・バッタ・ゴースワミに尊敬の礼を捧げます。彼らはいつもクリシュナの聖なる御名を唱えることと踊ることに没頭しています。彼えらはまるで神の愛の海のようで誰のことも妬んでいないので、礼儀のある者にも無礼な者にも崇拝されています。主チャイタンニャから慈悲を授かっている彼らは、物質界の条件付けられた魂を解放させてくださいます。
(2)
私は6人のゴースワミ、すなわちルーパ・ゴースワミ、サナータナ・ゴースワミ、ラグナータ・バッタ・ゴースワミ、ラグナータ・ダーサ・ゴースワミ、ジーヴァ・ゴースワミ、ゴパーラ・バッタ・ゴースワミに尊敬の礼を捧げます。彼らは様々な教典を学ぶことに熟達していて、人類のために永遠の宗教原則を確立します。彼らは三界中で有益な活動をするので、崇拝に値し、また保護を求めるにも値します。彼らはゴーピーのムードに没頭して、ラーダーとクリシュナの蓮華の御足を崇拝しています。
(3)
私は6人のゴースワミ、すなわちルーパ・ゴースワミ、サナータナ・ゴースワミ、ラグナータ・バッタ・ゴースワミ、ラグナータ・ダーサ・ゴースワミ、ジーヴァ・ゴースワミ、ゴパーラ・バッタ・ゴースワミに尊敬の礼を捧げます。彼らは力を授けられて主チャイタンニャの超越的な質について語ります。彼らは主ゴーヴィンダについての甘露に満ちた歌によって、条件付けられた魂の苦しみを取り除いてくださいます。彼らは超越的喜びの海を増すことに熟練していて、非人格的解放から救ってくださいます。
(4)
私は6人のゴースワミ、すなわちルーパ・ゴースワミ、サナータナ・ゴースワミ、ラグナータ・バッタ・ゴースワミ、ラグナータ・ダーサ・ゴースワミ、ジーヴァ・ゴースワミ、ゴパーラ・バッタ・ゴースワミに尊敬の礼を捧げます。彼らは上流階級の人々との交際を捨てました。ぼろぼろの布をまとって、慈悲心から貧しい人々の保護者となりました。彼らはいつもゴーピーのムードで甘露に満ちた甘さの海の波に没頭しています。
(5)
私は6人のゴースワミ、すなわちルーパ・ゴースワミ、サナータナ・ゴースワミ、ラグナータ・バッタ・ゴースワミ、ラグナータ・ダーサ・ゴースワミ、ジーヴァ・ゴースワミ、ゴパーラ・バッタ・ゴースワミに尊敬の礼を捧げます。彼らはいつも鳥たちや木々で美しく輝くヴリンダーヴァンの森でラーダーとクリシュナを崇拝しています。彼らは生命体に人生の究極の目標を授けてくださいます。
(6)
私は6人のゴースワミ、すなわちルーパ・ゴースワミ、サナータナ・ゴースワミ、ラグナータ・バッタ・ゴースワミ、ラグナータ・ダーサ・ゴースワミ、ジーヴァ・ゴースワミ、ゴパーラ・バッタ・ゴースワミに尊敬の礼を捧げます。彼らは決められた数の聖なる御名を唱えることに時間を費やして、眠ることや食べることを克服しています。彼らはとても従順で謙虚であり、ラーダーとクリシュナの性質を思い出して、その甘さに完全に魅了されています。
(7)
私は6人のゴースワミ、すなわちルーパ・ゴースワミ、サナータナ・ゴースワミ、ラグナータ・バッタ・ゴースワミ、ラグナータ・ダーサ・ゴースワミ、ジーヴァ・ゴースワミ、ゴパーラ・バッタ・ゴースワミに尊敬の礼を捧げます。彼らはラーダー・クンダやヤムナー川の岸辺、またはヴァムシヴァタのバニヤン樹の元にいます。彼らは至福の兆候が現れて、神への愛の狂気に襲われています。狂ったように踊って、至福の中で主ハリの素晴らしい質に圧倒されています。
(8)
私は6人のゴースワミ、すなわちルーパ・ゴースワミ、サナータナ・ゴースワミ、ラグナータ・バッタ・ゴースワミ、ラグナータ・ダーサ・ゴースワミ、ジーヴァ・ゴースワミ、ゴパーラ・バッタ・ゴースワミに尊敬の礼を捧げます。「ヴリンダーヴァンの女王ラーダーよ!ラリターよ!ナンダ・マハラージャの息子よ!あなたたちはどこにいるのですか?ゴーヴァルダン丘ですか?ヤムナー川の岸辺の木々の下ですか?どこにいるのですか?」 彼らはこのようにヴリンダーヴァンのあらゆる場所で叫んでいます。
