息子の運動会があった。


あたりまえなんだけど、親子競技とかにお父さんが参加してると

少しせつなくなる。


息子はどう感じてるんだろ・・・・?


母と子2人だと、写真は息子一人のものばっかり。

親子競技も、手荷物一式抱えての参加となる。


「うちなんか、母子家庭みたいなもんよ~」という人がいる。

ダンナは毎日帰りが遅く、休みもほとんど家にいない状況を指すんだろう。


が、「母子家庭みたい」と「母子家庭」は全然違う。

ウニVSプリンにしょうゆをかけたもの くらい違う。(ウニ風味になるらしい。未確認情報)


父親が不在なことが多いのは、ダンナにクレームが言える。

父親がそもそもいない場合、その状況があたりまえ。納得するしかない。


父親がいないことを息子に言わなくては・・・と思ったのは、ある事に気づいたから。


ある日の親子の会話


息子 「ママぁ、あのねぇ、○○ちゃんのとこには、おとーとがいるよー」

私  「あーそーなんだー。にぎやかでいいねぇ。」

息子「△△くんのとこなんか、いもーとと、パパもいるよー

私  「・・・・・・・・・」


保育園には、お兄ちゃんがいる子もいれば、妹がいる子もいる。当たり前。

ところが、ウチの息子は、それと同じ感覚で父親のことをとらえてた(驚!)

息子の記憶に、おそらく父親のものはない。(離婚時1歳)

まさか、こんな解釈になっているなんて、想像もできなかった。


当時、4歳になる少し手前。父の日も近かった。

一冊の本を見つけた。


「五年後のチョビへ」花山みるく著

これ、自費出版風。絵も、文も、おそらく手書き。


著者は妊娠中に離婚されたらしい。


読み聞かせてみた。幼いながらも、何かを一生懸命理解しようとしていた。


だめだー。自分の言葉で説明するのが私の責任だー。


「パパもママも○○くん(息子)のこと、今もこれからもずーっと

大好きなんだよー。でもね、パパはママのことが好きでなくなって、

ママもパパのことが好きでなくなってしまったのね。大好き、ぎゅーっ

っていう人としか、同じおうちでは暮らせないのね。だから、パパとママは

さよならしたの。でも、パパもママも○○のことはほんとに大好きだからね。」


と言うようなことを話した。(実際は、通訳が必要なくらい方言がちりばめられていた)


事実でもあるし、もっとドロドロした現実もある。


ただ、この時にひとつだけ固く固く決心したこと。


息子の前で、絶対に元夫のことを悪く言わない


子供は、未熟な親より、ずーっと大人。

ごまかさずに話せば、予想をはるかに超えて理解する。


ちなみに、私の誤算。

父親の写真を整理していた時、なにも言ってないのに写真を指して

「パパ」って・・・

頭の中の記憶にはなくても、DNAが覚えてるのかな・・・