あさなきぬ夢のごとうしる
さよなら、をした人の夢をみた。
自分の夢に出てくるのは、その相手が自分にあいたいあいたいと
おもってくれてるから出てくるのだろうという。
どこかのページでみかけた、空気感満載の学説。
なんてロマンチックな甘く切ない欺瞞だろうか、なんて
シニカル気味に自嘲。
最後にあったのは、サクラの季節が終焉を迎えるとき。
バス停で、さよなら。
さよなら、さよなら、さようなら。
そのときには、また会うかもしれない さよならだったけど
結果的には、いまのとこ、まだ合えていないですね。
からだがよじれるくらい、さみしいよって
言ってくれたのにね。
なんてことを思い出しました。
さよならは日常にひそんでて、さよならとこんにちはが
人生を作り出していくのに
あたしは さよならが きらいです。
しづかな粗し
まったくもって、ここにくるときっていうのは
心が死活問題。
それでも、あえぎながら水面にただよい、
空気をなんとか吸いながら生きてる。
あたしの心が死にそうなくらい寒くても、あのひとは、
岸辺からただ見てるだけなんだろうと思う。
絶望的な被害妄想にもなるってもんだって。
あのひとに何もいえないし何もいうつもりがないのは、
告げるべき事柄を見失ってるからだけじゃなくて、
あたしがもう逃げ出したい気持ちだからだ。
あたしは弱いけど、それを自覚もしてるけど、
きっとこういうときに、他の男の人が抱きしめてくれたらと
妄想することはあっても実際にはそれをしない。
だけど朝の通勤の車のなかで、明るい朝日のなかで、
それを思うときあたしは、
もうどうしようもない気分満載になるのだった。
くらい。
でも書く。
書くことは、あたしの心のなかの掃き溜めを
綺麗に清掃する意味合いもある。
ここ数日は、というか数週間にわたる膠着状態を
救うのは友達との邂逅であった。
優しき人々との暖かいご飯や一杯のカフェオレは
あたしの心に落ちてきた一本のくもの糸だった。
わずかな栄養素で生きてる。
だけど根本問題が解決していないのを、
あたしは知っている。
昨日の夜、友達の誕生日の夜を祝い、
みんなで笑いあっていたのに、
あたしは、のこぎりの無限の音色を受け取りそこなった。
そこなった。
心がパサパサになりそうなのを必死で。
繋ぐもの
こころをあげないのならば、何をあげるというのだろう。
楽しい事柄しか共有しないというのなら、
あたしはただの玩具としての役割しかないのかしら。
貴方は、あたしが大変めんどうくさい状態になったら
すたこらさっさと逃げ出してしまうのでしょうね。
、といったら、電話の向こうの声は
呼びかけても聞こえなくなりました。
あまりにも本当のことを言い過ぎたあたしが悪いのか
一晩考えてみようと思ったけども、
ふんわりした布団の柔らかさにいつの間にか
いつもと同じように眠ってしまいました。
違うのは子供よろしく泣きながら寝入ったことと
大人ぶった諦観の念を胸のおくに苦しく
抱きしめていたことくらいでしょうか。
そんな状態であったにもかかわらず、布団乾燥機の
せいでせめてもの心地よさを味わえる。
すこしばかりの幸福感に、あたしは、過去のあたしに
感謝することになる。
何回もこんなことを繰り返していると、
こころを開くことがたいそう阿呆な気がしてきて
楽しいだけの時間を演出することだけが存在意義なのかと
思うようになり、反面ではその考えが馬鹿げていること
くらい解かってる、とうそぶいてみたくなります。
都合のわるいところを含むけど、こころ、を受け取るのは
やっぱりいやなのかな。
夜のふかさが一番とおくなるころ、
あたしは誰をよべばいいのか解からなくなります。
そして、そのうちに理想と希望が手に手をとりあって
あたしの首を真綿でしめつけにくるのです。
逃げられないことの幸せ
逃げられない、ということはまるで拷問のように感じるひとも
たくさんいるのでしょう。逃げたい、と常に思いをはせるのが
一種の息抜きでもあり逃避でもあり、日常という名の永遠とも感じられる
ループから。怠惰で劣情的で、まるで陽だまりのような、生活。
逃げられない、と感じることに対して、どれほど眩暈がおきそうであっても
夕暮れの町をバイクに乗せられていけば、夕方の空と
電線のコントラストに幸せを感じてしまい、それと同時にワタシの世界が
とても小さくなってしまったことに残念さを感じる。
それまでは、世界と遠く離れていてもつながっていたのに。
それまでは、どこへなりとも逃げる場所が点在していたはずなのに。
今は囲われているのだけど、鳥籠の扉が、ひらかれているばっかりに
どこかへいこうにも行きたくない。
「いきたくない」と思わされてるところが、ミソ。
凄く難しいですオンナのヒトって
袋小路に逃げ込みたい心境ですが、曖昧で不適切な行動
を繰り返しているボクがナンダカンダ言ったって、しゃ~な
いので、そっと見守らせて頂きます。
決して満たされることのないオンナというモノの強みと弱み
をかんがみて何故かこぼれ落ちそうなモロい葉っぱのよう
なイメージを浮かべてしまいます。
アナタ方に吸い込まれたい気もしますが肝っ玉がチッコイの
でマズは器を拡げてから対戦願いたいものです。
新しいコトガラ始めるにあたって一歩ふみだすと見せかけ
膿みそうな日常ってのは、あるもんですね。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して、て ここまで
生真面目にタイピングしたアタシに小さな拍手を送りたい。
でも単調だと見せかけて、じつは一日一日新しい、か。
自他ともに認める飽き性のアタシは、もうこの生活にも愛想が
尽き果てたと嘯きつつ新しい何処かへと動くつもりもなく、
ただ残暑きびしい、じゃ済まネェだろ、と生暖かい
秋風にむかって一人ツッコミをいれる毎日です。
ただ、変わったというか流石に年とともに歴史を
積み重ねているなあと感じるのは
別れた男ども、と共有したものの多さと、
自分の了見の狭さでもってして
共有したもの・事柄にすらサヨナラ(けっこう多いんですこれがまた)
だったのだった、けど、その自分のなかに入り込ませない
ラインが年々ゆるくなってきたのでした。
要するに、今日、昼間ちょっとした私事で外を
ふらついていたおりに金木犀のカホリを嗅いだのであったが
その香を楽しむ自分を赦したのだった、だなんつって。
弱い性格をもち、偏執的な執着でもってアタシに愛情をそそぎ
ちょっと珍しい感性と奇妙な魅力をもった、
へぼい浮気者だったけどね。
奴とはサヨウナラアゲイン、だが金木犀とは再会、のち抱擁。
暴言サーカス倒錯価値観プライスレス
久しぶりだというのに、のっけから暴言で始めさせて頂く。
ボケェ、顔100回あらって、出直してこいや!
と、うちの妹に。血と遺伝子を分け合っただけに、衝突すると
とんでもなくゲンナリさせられるのは、もうまさに、血は争えないと
いったところか。ていうか、訳わからないんですけど。
結婚してからこっち、ますます価値観の違いを感じるのだけども
アタシはアタシ、あちらにはあちらの生活や人生ってものが
あって、もういい大人なんだから踏み込まないで頂きたいっつうもんで
こっちから介入を申し込んでもない挙句に言い分まで聞かずに
いきなり怒り出すその心持ったらいったい何様かといってやりたい。
Who the hell do you think you are?
肉親の情とやらで関わってくる気持ちはわからないでもないけど
当事者にむかって非難や暴言を浴びせてきたあげくに
怒りの感情をむきだしっていうのは、誰のことを考えてやってるのか。
思いやりとか、優しさとか、そういうものをわかってるのは
アナタよりも、アナタが見下してるであろう市井の人々のほうが
よっぽど知恵としてもってると思う。
あきれました。
通り過ぎるのを待つだけ。
沼に足を踏み入れたが最後、やはりというか
どうしてかと疑問もわかずにヘドロにのまれていく。
年月を重ねたせいか、周りの粘土質は汚れることを
拒否して‥それか一度思い切り汚染されたことにより
浄化をせざるを得なかったのか、意外と原色の呈そう、
そして割りに綺麗な色をともなうが、もつれているさまは
混乱していることに変わりない。
ひきづりこまれたくない、と逃げるよりも
いっそのこと溺れてしまえば底も見えようものかと
肝をすえていたのだけど、胸に大きな岩を飲み込み
悲鳴をだすことすら叶うまい。
やっと昨日、泣けました。
いろいろなことが絡まりすぎて
訳のわからない、そんな状況のときもあるのですね。
いま、大雨です。
親愛なる貴女へ
最近はいかがお過ごしですか。
東京は今雨が降っています。
でも気持ちのいい感じで少し
涼しくて助かります。
いい恋をしてますか。
ボクはそうでもありません。
でも貴女は素敵な恋愛をして
いて欲しいです。
