
こんな天気ならいぃのに
医療機関あるあるかもしれないが、三途の川の渡し舟の定員は3人、という話。なぜか川を渡る人は続く。最初に乗った人が待ちくたびれてて、船頭に「出発はまだか、まだか」と催促するのだろうか。まんが日本昔ばなしの影響受け過ぎか。
今日もひとり、出発をお見送りした。
「状態が悪いので、お顔みにきてくださいね」と2日間伝えたとて、顔を見に来ることもなかった家族。伝える、って本当に難しい。この人の状況は的確に伝わっているのだろうか。確かめる術はない。毎日状態を報告することが、催促、負担になってはならない、というのも一理。後悔ないようにできるだけのことをする、というのも一理。
「出発も近そうだから、お風呂に入れてあげたい」というケアする立場の思いも、本人にとっては、「こんなに苦しいときに、風呂なんてやめてくれ」かもしれない。こんな小さなことでも何が正解なのかはわからない。でも、考え続けることが大切だというのは真実なんだろうな、と思う。
脱線したが、今日、家族に連絡したところ「わかりました、すぐに行きます」との返事。実際のところ間に合わなかったのだが、わたしは、「すぐに行きます」という返事がきっと届いたんだな、その返事が聞きたかったのかな、と思っている。だって、うっすら笑顔でかわいかったもの。だから、家族には、思ったことをそのまま伝えた。
自分の人生、自分の決めたときに、出発しているのだ。例え家族が間に合わなくても、「私は、ひとりで大丈夫」と思っているのかもしれないし、結局は「これでいいのだ」だと思っている。そうじゃないことも、もしかしたらあるかもしれないし、そうじゃないことのほうが多いのかもしれないけれど、少なくとも、わたしは、「これでいいのだ」で幕引きしたいな。
と、少々熱い思いを徒然なるままに吐露してみたが、そうそう、舟の空席があと1席。なんとなくわかってる。不謹慎と言われるかもしれないが、その3人なら、なかなか楽しそうな旅路になりそうな気がする。