「たく・・・み?」


絞めていたタイを緩めながら降りたエレベーター、部屋の前に佇む良く知るシルエットに驚きと困惑の声が出る。

「あ、お帰りギイ。遅くまでお疲れ様」

いつからそうしていたのか、平時は日本にいる愛しい恋人はいつもと変わらない柔らかな笑みを浮かべて見せる。

「あぁ・・・いや、どうして?」

どうしてここ(ニューヨーク)に居るのか、直近のやり取りでは来るとも何とも言っていなかったはずだ。

「ん?ん~ちょっと、ね。ギイの顔が見たくなったから」
「それなら連絡の一つでもくれれば良かっただろ?それに、鍵だって」

この部屋の合鍵は随分前に渡していのだから中で待っていれば良いのに、と暗に視線だけ投げてオレは鍵を開ける。

「まあ、それはそうなんだけど。ここで待っていたかったんだ」
「それにしたって、いつからだよ?」
「こっちについたのが夕方だったんだけど、いつも通り道が混んでたりで。食事も済ませてきたから、1時間ちょっと前くらいからかな」

言いながら腕時計を確認して、託生は小さく頷いてみせる。

「重ねて言うが、連絡くれれば良かったのに」

ほぼ起きて寝るだけの広い部屋に明かりを点ける。
いつもの流れで、自動昇降のブラインドを下ろそうと伸びた指先が少し冷たくなっている託生の手に遮られる。
意味が分からないオレに、

「ここからの夜景っていつ見ても本当に綺麗だよね」
「そうだな」

俺にしてみれば見飽きてただの明かりの群れだが、託生に言われて改めて眺めてみると確かに、まぁ悪くはない。

「で?オレの顔と夜景を見にわざわざ来たわけじゃないだろう?」

脱いだジャケットをソファに預け、溜め息と一緒に腰を下ろすオレの前に何故か膝を折る託生。
いつもなら横に座って体を預けてくるのに・・・。

「託生?」

行動の意図が分からないオレの姿勢はどうしても前のめりになっていく。

「ギイなら・・ギイならこういう時にお洒落なレストランとか、夜景の綺麗な穴場スポットとか、そう言ういかにも!って感じだけどさ、僕はほら、そういう事に慣れてないし、予算とかもねそこまでじゃないから。借景っていうの?綺麗な夜景はここからの眺めを借りて、飛行機のチケットもLCCにしたりして」
「・・・・託生?」

何の説明をされているのかイマイチ分かりかねるオレの脳内に浮かび続ける"?"

「色々考えたんだ。本当に色々と長い時間。僕らもいい年だしさ、ここだと法律的にも大丈夫だから・・・。だから、」

いつの間にか託生の手には小さな箱。

「僕と結婚してください」

蓋が開かれた箱の中にはリングが2つ。
大きいものと、少し小さいもの。

「・・・・・」
「ギイ?」
「・・・・・・・・」
「えっと・・・・」
「・・・・・・・・」
「聞いてた、よね?」
「・・・あ、あぁ」

見事なまでに真っ白になった脳内で、じんわりと託生の声と言葉がリフレインし始める。

「オレと・・だよな?」
「勿論。ここにはギイと僕しかいないし」
「だよ、な。えっと・・・」
「もしかして、嫌、とか?」
「無い!それは無い!!」

否定する声がみっともないくらいに震えていて、まさかこんなタイミングで四方や託生からプロポーズをされるなんて、1ミリも考えていなかったオレは人生史上一番といっていいくらいに今、動揺しまくっていて、

「じゃあ・・・」
YESだ!!

そう答えた声は尋常じゃないくらい張り上がる。

「良かった~」

"本当に良かった"と何度も呟く託生はオレの左手を取ると、スムーズに薬指にリングを嵌めていく。
その様をまだどこか他人事のような感覚でいるオレに、

「僕の指にも嵌めて欲しいんだけど」

満面の笑みを浮かべ、左手を差し出してくる。
請われるままに俺よりも細い薬指にリングを嵌めれば、

「愛してるよ、ギイ。僕ら幸せになろうね」

と、優しいキス落ちてきた。



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突然ですが…もう少しだけ続きます😅




レイル