施設はかなり広く大きいせいか多くのスタッフが慌ただしく働いている。
「此処では有りとあらゆる遺伝子に関する事象の研究をしている。人間に限らず動物や植物もその対象だ」
ガラスの向こうの様子を伺いながらギイは説明をし始める。
「植物ならいかにして収穫量を増やすか、冷害や干ばつに強くする為にはどうしたら良いか。後、野菜嫌いな子供や大人はどう言う野菜なら食べれる様になるのとかもな」
言われて、そう言えばと思い出す。
ぼくの野菜嫌いをどうにかしようとギイは時折大量に野菜を持ち帰る。
特別な物だからと言いながらそれで食事を作ってくれる。確かにそれかはいつもの物よりも苦味や香りが抑えられている様にも思えたけど、まさかここで作られたものだったなんて。
「病気に対する遺伝子レベルでの治療方法の模索なんてのも此処ではやってるんだ。それは此処だけじゃなく、世界各国のあらゆる施設や機関で行われている。うちの様に企業が行なっているものもあれば国が主導している所もある。託生の言う摂理や理を歪める事は日常的に行われているんだよ」
「でもそれは子供を産み出す事とは違うと思う」
病気を治す為、食料を少しでも多くの収穫する為にする事とは違うと思う。
「同じだよ。生まれ持っている物を外から手を加えてしまうんだから」
「・・・・・」
口では一度も勝ったことのない相手にぼくは何も言えないまま、淡々と続く廊下を進んで行く。
「この先がA.Eプロジェクト棟になる」
行く手には数人の警備員とあからさまな監視カメラ。
「此処に入る事が出来る人間は限られている。オレも被験体を申し出た時点で入る事は出来なくなった」
踵を返し、またギイは歩き出す。
「ノアには大切な人がいたんだ。でも彼女は事故に遭い還らぬ人となった。愛する人も、その人との子供も幸せな時間も未来も喪ったノアに遺されたのは彼女の僅かな遺伝子だけだった」
「・・・・だから?」
「あぁ、だからノアは彼女との子供を産む為に今回のプロジェクトを進めて来た。技術的にいくら彼女を新たに産み出せたとしても、それはもうノアの愛した人では無いからな。だからせめて子供だけでも・・・その思いだけなんだ、ノアを突き動かしているものは」
ー大切なパートナーがいてそいつとの子供を儲けることが出来る状況下でそれを望まない理由はなんだ?ー
さっきの言葉が蘇る。
「ハネムーンの時にも言ったけど、万が一の時が来ても自分達の子供が居てくれれば、悲しさや絶望も少しくらいは軽くなると思うんだ」
先を歩いていたギイの足が止まりぼくはへと振り返る。
「その為にも、オレは託生との子供が欲しい」
最悪ぼくが先に逝ってしまったらギイを一人にしまうのは確かだ。
確か・・・だけど。
何も言わないでいるぼくを少し見つめて、ギイはまた先を歩き出した。