私立祠堂学院は山奥にある今時にしては珍しい全寮制の男子高。

麓の街への移動手段はバスのみ。

空気と景色が良い意外何も無い陸の孤島だ。

そんな学校に僕はこの春から音楽教師としてやって来た。

それは祖父の立っての頼みだから。

でなければこんな所に好き好んで来る事は無かっただろう。

祖父はこの祠堂学院と姉妹校で都内にある祠堂学園の学院長。とは言っても姿を見せるのは年に数回、だから僕に白羽の矢が立った。

新入生としてやって来るとある人物の密かな監視とサポートが僕の真の仕事らしい。

生徒一人に何で・・と言う疑問は彼のバックグランドを訊いて納得した。

世界中に名の通ってるFグループの総帥を父に持つ御曹司となればたかだか日本の高校への留学とは言え大層な事になる。

が、彼はすでに大学を卒業しているとか。それなのにわざわざまた高校へ通うと言う。

「モラトリアムは大事だよ、若い子には特にね」なんて祖父は言っていた。

「だからって良い迷惑だ」

「何か?」

「いえ。島田先生は彼の父親と親しいそうですね」

「大学時代の友人ですよ。放蕩息子を頼むと言われてね、葉山先生にも面倒をかけますが宜しく頼むみます」

僕と連れ立ち歩く島田先生は祖父が絶大なる信頼を寄せている人で、この学院の主の様な人だ。

御曹司くんの事を僕同様監視とサポートをする立場にある。

「トラブルが起こった時の為に用務員室にスタッフが詰めるから後でその人達も紹介しておきましょう」

いくら大事な跡取り息子だからって、遣り過ぎじゃないだろうか?と言う感想は黙っておく。

到着したのは生徒指導室。

島田先生のホームグランドだ。

「彼は中です。私は同席しませんが宜しく頼みましたよ、葉山先生」

何を宜しくされたものか。

いくら学院長の孫と言え今の僕はただの一介の教師、主には逆らえない。

「はい」

立ち去る島田先生の背を見送って、僕は小さく息を吐く。

緊張からでは決してない、面倒だなぁと言う気持ちから。

ノックを二回。

「どうぞ」と聴こえて来た声はやけに落ち着いたものだった。