彼女のことはよく憶えている。
出逢いは、ある映画の企画での顔合わせ時。
彼女の名前はよく耳にする名で、ポートレート界隈では有名なモデルだった。
手足が細く、少し日本人離れしていて、目鼻立ちがくっきりとしている。
俗に言う、とてつもない美女である。
想像していたよりかは、背は低かった。
いかんせん僕も低い方だが、それよりもずっと低い。美人。可愛い。細い。が、第一印象。
美人顔タイプなので、性格はクールそうだなと踏んでいたが、それとは真逆に朗らかによく笑う、人懐っこい人だった。
「すばるって呼んでいい?」
関係者・出演者も含め意外にも喫煙者が多く、そこでようやくちゃんと彼女と話した。
気さくで、話しやすくて、当時わりと人見知りを存分に発揮していた自分にとっては、女神のような人だった。居るだけで、その空間の雰囲気が変わる。ぐっ、と柔らかくなる。起き抜けの丁度いい甘さのカフェオレ、とでもいうのか。甘ったるいわけでも、逆にツンとくる嫌味さもない。彼女とは、そういう人だった。
共通の知人がいたので、打ち解けるのは意外と早かった。
映画の撮影自体は、企画物で、タイムリミットのある撮影だった。自主制作映画の、コンテストに出すのだという。
正直、女優は一度経験していたのだが、なにせ演技が如何にもこうにも苦手だった。自分じゃない誰かを演じる。それは人に対して仮面を付けてしまう癖のある僕にとって、とても難解な課題だった。演じる自分のキャラクターには、どうしても、独特のぎこちなさが混じってしまう。現役時代、よくそれを指摘されていた。そんなこと言われたって、と当時はよく何度も頭を抱えた。本音を言えば、ものすごく緊張していた。
それに加えて、元々裏方の経験が長かったため、撮影補助としても、現場に朝早く呼ばれることとなった。自分と同じように役者と裏方を両立することとなった、ものすごくイケメンのハーフモデルもいたが、彼についてはまた別途記すことにする。
映画の筋書きを、短絡的に説明してみる。説明が下手なので、どうにか汲み取って欲しい。
ある男が主人公。
男は何人もの女性と交際していた。その女たちと、曜日ごとにデートを重ねているという、とんでもないクズ男。
演じた男性モデルが、これもまた顔が良い。百点の男。これは誰しも恋に落ちるわな、という感じの顔だ。もちろん褒めている。
その男が唯一の休みに、ある女性と出逢ったことで人生が変わる。
女性と付き合うために、他の女性との関係を切っていく、というストーリーだ。
僕は「金曜日の女」役だった。
バンドマンで、心底男にゾッコン夢中大好きチュッチュ!な、ちょっと痛い女の子。しかもツインテール。良い歳だった。
彼女は「月曜日」を担当した。
これがまたエロい。しかもバスガイドさんときた。そしてシーンが濡れ場。男なら一度は抱きてえ!と声を上げるほどの、良い女。とにかく顔が良い。
撮影も無事終えて、最後は皆で集まって打ち上げをした。
その間にもちょくちょくご飯に行った。その中でも色んな人と交流ができた。彼女との距離はそこで一気に縮まった。連絡も頻繁に取っていた。いわゆるゾッコン夢中大好きチュッチュ!だった。一目惚れのようなものだ。女の子にはめっぽう目がない。性別を間違えたのかもしれない。どうしたものか。ぐるぐると思考していた原因は、彼女にある。魅力的な人だった。
距離は一気に縮まったが、少しずつお互いの環境も変わり、それぞれの日常に戻っていく気配が近づいてきていた。
今では、彼女の誕生日に「おめでとう」と一言送るぐらいの仲になった。
だが、それが切ないとか、なってしまったことへの無念さとか、そういうのは一切ない。心のどこかで、未だに繋がりを感じている。友とはそういうものだと思う。寂しさはあれど、いつの日か時が来れば、またきっと出逢える。そう信じているし、確証があったから。
再び会った際には、また彼女は新たな繋がりを僕に残してくれた。
なんというか、色んなパワーを秘めている人だ。
とても素敵な報告も聞けた。彼女がどんどんと遠くの人になっていくのも、ちゃんと感じた。
けれども繋がりは、ちゃんとここにあることも分かる。だから彼女自身の生活や、これからの人生の中で、どうか笑顔がもっと溢れる瞬間がたくさんあるといい。
そうしていつかまた出逢えた時に、久しぶり、元気だった?と、笑顔で交わせるようでいたい。当時は全然飲めなかったお酒も、ぐびぐびと飲もう。そしてもう一度伝えたい。あなたのこと、本当に心から好きだったよ。意味は、もう言わなくても君は分かるだろう。
彼女との出会いは、今思えば、とても奇妙な繋がりだったと思う。その頃の記憶はとても曖昧なものだが、僕の中に確固たるものを残してくれた人だと認識している。
たとえばそれが新たな引き出しなり、道筋を示す光なり、場面場面によっては幾重にも姿形を変えるものだった。
彼女は、音楽アーティストのライブ撮影専門のカメラマンだった。
なぜ、どう出会ったか、は特に重視していない。
その出会いの中で何を得たのか。
得た上で、何を思ったのか。感じたのか。
僕の中ではそれが重要なことだった。
正直あの頃、自分がどんな風に生きていたか、どんな風に物事を捉えていたのか、どんな人とどんな話をしたのか。
すっぽりと穴が空いているのだ、ずっと遠い昔の事に関しては。
忘れてしまった、というよりかは、別の誰かがその時代に生きていた、という感覚に近い。
だから、こうして筆を取り書きしたためるにはあまりにも、情報が少なかった。
それでも彼女のことを書こう、と思った。彼女のためというよりかは、己のために。
思い出さそうとすると、途端に記憶というものはもっと奥の方へ、奥の方へと遠ざかってしまう。
変な話だが、奇妙な記憶の繋がりが、僕と彼女を繋ぐ、とてもとても脆い糸なのだ。脆いと知っているのは、それほどまでに自分は幼すぎたし、自分には、欠落したものがあまりにも多すぎた。少なからず、それを埋めようとしてくれていたのは彼女の方だったと思う。
なぜそこまで自分に思い入れを抱くのか、赤の他人だというのにおかしな人だと、当時は特に気にも留めなかった。
連絡は頻繁にしていた。
僕がモデルの活動をしていることを知ると、彼女は嬉々として今度ポートレートでも撮ろうと、気楽に誘ってくれた。
思い出すのは、素直に感情を表に出すことが苦手だった己のこと。
相手がここぞとばかりに手を差し伸べてくれているのにも関わらず、単に人を毛嫌いして遠ざけてしまう癖があった。どうせこの人も居なくなるのだから。そんな風にどこかで人を心底見下していたし、そんな自分に酔っていた。
心細かったのだ。何にでも手に入る人とは違って、何にでも刃を向けて噛みついていた。側から見たら、単なるカッターナイフでも、自分にとって、それは身を守る盾でもあった。
彼女自身に、正直、たくさんの嘘をついた。
嘘をつくときは、ほんの少しの真実を織り交ぜること。
そうすることで、自分への罪悪感を薄めていた。嘘が僕を守ってくれていた。鎧のようなものだ。そうすることで、強く見せていたし、弱さを隠していた。とてもとても、生に対して興味がなかったのだ。ぞっとするほど、死を愛していた。でないと、自分が生きていることへの、証明ができなかったのだ。
それでも彼女は、僕とのつながりを消さなかった。
僕の貧弱さも、強がりも、本当は何も持っていないことへの不安感も、すべて知ったような顔でズカズカと踏み込んでくるものだから、はじめは正直、気味が悪かったし、面倒だと思った。
これ以上踏み入ってこないでほしい、とどんなに距離を空けようが、懲りずに彼女は、頻繁にコンタクトを取ってきた。何も僕もそこまで鬼ではない、きちんと返信をしたし、時には僕から声を掛けることもあった。言ってしまえば宙ぶらりんな、へんてこな関係だったと思う。
しばらくそんな関係が続いて、僕も少しずつ大人になって行く過程の中で、はじめて自分主催のイベントを一から組む事になった。彼女にも勿論協力を仰いだが、ある関係者とのトラブルがあり、メンバーからは外れることとなった。はっきりと彼女との間に小さな亀裂が出来たのは、その出来事が大きいと思う。
僕もその頃は、よく言えば純真無垢で、誰彼構わず信用をし、誰にでもいい顔をする八方美人だった。誰かがノー、と言えば、それはノーだったし、何かを思っても、それを発言できるほど自分を持てているという、自信もなかった。人に嫌われることを、当時はひどく恐れていたように思う。必要とされないと、不安だった。
イベント自体は、大成功を収めた。
表参道のギャラリーを借り、皆で費用を折半し行った初めての主催イベント。
その時に、過去の自分と決別をしたのだ。
腰まで伸ばしていた黒髪を、最終日にバッサリと切った。
後悔の分だけ伸ばした髪。誰とも視線が合わないように、逃げる口実のために伸ばし続けていた髪。人から見たらただのイメージチェンジに過ぎないのだろうが、僕にとっては大きな一歩だった。
その場に、彼女は居なかった。
だが、裏で僕のために色々と動いてくれていた。
父がこっそりとイベントを観に来ていて、そのとき初めて父の口から「よくやった」を聞けた。
その事を話すと、彼女はまるで自分のことのように喜んでくれた。「これまで桐生が頑張ってきたからだよ。」と彼女は言ったが、それはひとえに彼女が僕の凝り固まった思考を、ゆるゆると、独特の世界観で解いてくれたからだ。たくさんの「ありがとう」を伝えてきたが、それは本当に彼女に届いていただろうか。それは本当に心の底から思えたことなのだろうか。色々と成長を重ねた現在から改めて見てみると、きちんと僕はその、屈託ない笑顔に向き合えていただろうか、とたまに疑問を持たざるを得ない。
彼女とは、もう連絡を取っていない。
SNSの名前すらも、そもそもまだそこに文字や写真を投稿しているのかすらも、分からない。
わざわざ探すものでも、最近どうしてる?と気軽に尋ねられるほど、僕は彼女に何もしてやれなかった。
彼女が、ペンギンの絵が描かれたフリスクを、よく好んで食べていたのを思い出す。
安い定食屋で、並んでご飯を食べたことも、ファミレスでお互いの近況を話し合った夜もあった。
思えば、僕は彼女について知らないことの方が圧倒的に多かった。もう少し寄り添えたのなら、彼女について筆を取り書き留めるのに、ここまで時間を要さなかったろう。それほどまでに、僕は彼女のことを疎かにしていた。そしてそれを己が許容しすぎていた。
また会えたら、あの値段相応の、味と食感が独特な安い定食屋に再び、彼女と並んで座りたい。
髪染めたんだね、なんて、今日は天気がいいですね、と同じ温度で君は言うだろう。そして僕も、そう、本当はずっとこうしたかったんだ、と口笛を吹くかのように返すだろう。
本当はずっと、君に向き合いたかったんだ、と。

