「君、どこから来たの?」
塾からの帰り道、街灯の少ない路地を曲がったクリハは、そんな、安っぽいナンパのような掛け方をされた言葉に、警戒心も露わに振り向いた。
しかし。
そんなことは考え付きもしなかったのだ。
まさか、その目に映る光景が、桃色に鮮やかな花畑と、そこに佇む漆黒の男だなんて。
漆黒の男。
それは、そうとしか表現のしようのない存在だった。
整った顔立ちは非の打ち所も無い程だったけれど、それは印象に残る、という事象とは対極に位置するものだった。
ただ、肌の色だけは、ぎょっとするほど白く抜け。
それが髪の、瞳の黒を引き立てる。マントのようにその長身を被う黒く大きな布も、見れば見るほど黒さを増していくように思える。
「……迷子、なの?」
呆けるクリハに、男は心配すらその表情に覗かせて。
血で湿したように紅く薄い唇が、ざらりとわらった。
……と、クリハは思った。
しかし、男の唇はやはり透けるような白。多少色味を見つけられたとしても、薄桜色とすら言えないような淡い色付きである。
「……!!」
その、錯覚が。
そんな錯覚をしたという事実そのものが。
クリハの足を、深く影に縫い止める。
「……い、や。」
幼子の様に大きくかぶりを振りながら、圧迫された喉から喘ぎを絞り出す。
今までに出会ったことの無い戦慄が、本能を強烈に掻き立てようとする。
「いや……っ!!」
それを理性で抑え込もうと、クリハはただ一つの言葉を繰り返す。
有り得ない。
有り得ない。有り得ない。有り得ない。
そんなはずはないのだ。
帰れば冷めた夕飯がテーブルにあって、それを温め頬張りながら、宿題をするはずだった。
そうでなくとも、目の前のこの存在は、ただの男でなければならないはずだった。
現実を揺るがす程の存在感を持ち、同時に引き込まれれば逃れ得ない程の虚無感を持つ存在なんて。
首から下は指先一つすらも動くことなく。見開いた目を閉じるどころか、男から針先ほどの視線を動かすことすら叶わない。
そんなクリハに、するりと滑るように歩み寄った漆黒の男は。
ぞろりと。
表面に笑みを浮かび上がらせ。
指先を。
クリハの額へと向けて伸ばし―――
「―――ッ!!」
金属を強く掻いたのかと思うような、脳に直接響く甲高い悲鳴を上げて、後ろへと跳び退った。
もっとも、クリハがこれを悲鳴だと認識したのは、もっとずっと後になってからだったけれど。
塾からの帰り道、街灯の少ない路地を曲がったクリハは、そんな、安っぽいナンパのような掛け方をされた言葉に、警戒心も露わに振り向いた。
しかし。
そんなことは考え付きもしなかったのだ。
まさか、その目に映る光景が、桃色に鮮やかな花畑と、そこに佇む漆黒の男だなんて。
漆黒の男。
それは、そうとしか表現のしようのない存在だった。
整った顔立ちは非の打ち所も無い程だったけれど、それは印象に残る、という事象とは対極に位置するものだった。
ただ、肌の色だけは、ぎょっとするほど白く抜け。
それが髪の、瞳の黒を引き立てる。マントのようにその長身を被う黒く大きな布も、見れば見るほど黒さを増していくように思える。
「……迷子、なの?」
呆けるクリハに、男は心配すらその表情に覗かせて。
血で湿したように紅く薄い唇が、ざらりとわらった。
……と、クリハは思った。
しかし、男の唇はやはり透けるような白。多少色味を見つけられたとしても、薄桜色とすら言えないような淡い色付きである。
「……!!」
その、錯覚が。
そんな錯覚をしたという事実そのものが。
クリハの足を、深く影に縫い止める。
「……い、や。」
幼子の様に大きくかぶりを振りながら、圧迫された喉から喘ぎを絞り出す。
今までに出会ったことの無い戦慄が、本能を強烈に掻き立てようとする。
「いや……っ!!」
それを理性で抑え込もうと、クリハはただ一つの言葉を繰り返す。
有り得ない。
有り得ない。有り得ない。有り得ない。
そんなはずはないのだ。
帰れば冷めた夕飯がテーブルにあって、それを温め頬張りながら、宿題をするはずだった。
そうでなくとも、目の前のこの存在は、ただの男でなければならないはずだった。
現実を揺るがす程の存在感を持ち、同時に引き込まれれば逃れ得ない程の虚無感を持つ存在なんて。
首から下は指先一つすらも動くことなく。見開いた目を閉じるどころか、男から針先ほどの視線を動かすことすら叶わない。
そんなクリハに、するりと滑るように歩み寄った漆黒の男は。
ぞろりと。
表面に笑みを浮かび上がらせ。
指先を。
クリハの額へと向けて伸ばし―――
「―――ッ!!」
金属を強く掻いたのかと思うような、脳に直接響く甲高い悲鳴を上げて、後ろへと跳び退った。
もっとも、クリハがこれを悲鳴だと認識したのは、もっとずっと後になってからだったけれど。