ざくざくざくざく。

苛立つ足が藪を掻き分ける。
「だからぁー、わざとじゃないんだってばー。」
「狂暴女。」
ざくざくざくざく。

ラークが乱暴に踏みしだいた茎はへなりと横たわり、クリハのために道を開けてくれる。
そうして道を作ってくれているのはラークなりの優しさなのか。
(たまー、に振り向いてこっち見てくれるし、本気で怒ってはいないと思うんだけどなー。)
歩調に合わせてふわふわと揺れる案外細い金髪を眺めながら。クリハは、こっそりとため息をついた。
あまりに突然の事に慌てたが、先ほどクリハを担いだまま歩きだしたのも、彼女の足では森の中を歩きにくいと思ってのことだったのかも知れない。
(……いや、面倒臭かっただけかもな。)
クリハにはこの青年の考える事がよく分からない。
付き合いが短いというのも理由の一つとは思うが、根本的に感覚が違うような気もしている。
(魔法の世界の住人だもんな~。)
再度ついたため息は思いのほか大きく響き、ラークがくるりと振り返った。
慌てて口を押さえてみたが、そんなことで誤魔化せるはずもなく。
「あの、違っ……」「足痛いのか?」
手を振って見せたクリハに駆け寄るようにして、ラークが口早に訊いた。
「う、えっ?」
「足だよ。……痛くないのか?」
予想外の質問に首を竦ませると、気遣わしげに眉を寄せたラークが小動物のように首を傾げた。
その視線の先にあるのは土に汚れた革靴と三つ折り靴下だ。

「え。」

そんなに気遣われると、何だか痛いような気がしてきてしまう。

つま先をとんとんと地面に打ちつけつつ見れば、膝やふくらはぎなどに無数の引っかき傷が出来ている。
それに一度休んでしまうと足の裏がじんじんと痺れてきて、へたり込んでしまいたい気分になってきてしまった。

「う、い……痛い、かも?」
「どっちだよ。」
唐突に心配をされて戸惑ってしまったクリハの返事に、ラークは喉の奥で苦笑した。
時折子供っぽい顔を覗かせるこの青年は、しかしこうして見ると面倒見の良いお兄さんのようである。
「もう少し歩いたら少し広いところに出るから、そしたら休もうな。」
クリハの頭をぽんと叩いて笑う顔は、優しくて、色付き綿菓子みたいだった。
しばらくの間2人は、それぞれの世界について一通り情報を交換しあった。
クリハに言わせれば、青年には彼女のいた世界を知る必要など無いように思えたが、彼がやたらと話を聞きたがるので結局こと細かに説明する羽目になった。
また、クリハは彼に色々な質問をしてみたが、彼は細かい理屈などには頓着しないタチらしく、最終的に分かったのは彼の名がラキアルなんたらという長ったらしい名前である事と、(これについてはラークと呼ぶようにと言われたので、クリハに覚える必要は無くなった。)彼らが今、この世界で唯一、街と呼べるくらい人口密度の高い場所へ向かっている事、それから、まるでクリハには理解出来なかったが、どういう理屈を駆使したのか、この世界では魔法やら魔術やら魔獣(件の『貘』とやらはこれにあたるらしい)やら魔術具(そしてラークの腰に下がる無骨な大剣などがこう呼ばれている)やらが溢れかえっているという事、ラークが自慢げに話す爺は、魔術などを知識と組み合わせて過去・現在・未来を見通す人であるという事だった。

ほどなく入った森の中腹で、ラークはおもむろに馬を停めた。
見れば、今まで何とか続いていた険しい獣道すらもが、途中で細まり、消えてしまっていた。
「道、間違えたの?」
「……違う。少し歩かないと行けないんだ。爺のところは、少し街からズレてるから。」
言いながら、ひょい、するり。と鞍から降りたラークは、当然のような顔をしてクリハに手を差し出した。
だが、クリハは乗馬経験も無いと言うのに、足元に生える草はラークの腰ほどまで、その上いやに堅そうに真っ直ぐと伸びている。
(こんなの、どこに降りたって剣山みたいに刺さっちゃうよっ……!!ただでさえセーラー服でミニスカートなのにっ……!!)
ひくりと息を呑んで硬直したクリハに、ラークは無造作に腕を伸ばした。
「……!!や、やっ?!な、何、何何ぃやーっ!!」
無言で伸ばされた腕はがしりとクリハの二の腕を掴み、易々と持ち上げて半回転させるようにして肩まで運ぶ。
どさり。
荷物のように担ぎ上げられたクリハは、そのまま声も出せずに固まっていた。
すると、ラークはそのまま安定する位置にクリハを担ぎ直し、わしゃわしゃと草を掻き分けて森の中を進み始める。
「ちょ、何やってんのよっ!!」

暴れた途端、ラークの顎に膝が入った。
感情の波が静まったクリハは、ようやくどうしようもない気まずさを感じ、しゃっくりを飲み込んで黙りこくった。

だが沈黙も、そう長くは続かなかった。青年がどこからともなく布を取り出して、クリハの顔を押さえたからだ。
「なっ……何…」
けして優しいとは言えない手つきでぐいぐいと顔を擦られ、思わず抗議の声を上げる。
が、ため息一つで黙殺された。
初対面の男に物心もつかない赤ん坊でも扱うように、綺麗に顔を拭き取られては、クリハの自尊心も微妙に傷付いてしまう。
(……いや。大泣きしておいて今更ではあるんですが……。)
鼻をすすりつつ遠い目をしてしまうクリハに気付いているのかいないのか。
青年は手綱を操りつつため息を再度つく。
「で。あんた何なんだ?けったいな恰好して……」
「けっ……けったい?」
言われて見てみれば、青年の服装は質素で目の粗い麻のシャツとズボン、革の上着とベルトである。ベルトは大きくて、最近の若者が好んで着けそうなデザインにも見えるが、ナイフや革袋が挟まれているところなどいかにも実用性重視である。
比べてクリハは学校から直行した塾の帰りであったのだから、当然制服であり。(……私に言わせればけったいなのはそっちの方じゃ……)
などとよぎった言葉には、彼女が元いた世界ならば。という一言が洩れなくついて来る。

先程から馬で進む道のりは、緑ばかりで民家も無い。それどころか生えている草木すら、見かけたことも無いような不思議な出で立ちをしている。
「これは……うちらは制服って呼んでて、学校じゃみんなこんな恰好なんだけど……」
良いながら、辺りを見回す。
あの漆黒の男に出会った時から感じてはいたが、やはりどうもおかしな事に巻き込まれているらしい。
今まで人生を生きてきて、制服について説明をする日が来るなどとは思いもしなかった。

だが青年は、制服という存在については知識があったらしかった。
「制服?……軍隊なのか?」
少し間違っているけれど。
「まあ……似たような……。習うのは兵法じゃなくて勉強だけどね。」
ここで細かい事を言い出すと話が終わらない予感があったので、適当に肯定する。但し武術の心得などがあると思われては困るので、そこだけは断固訂正させてもらうが。
だが。
「勉強?!貴族なのか!」
どちらにしても誤解は生まれるらしかった。
「私のいた所じゃ、みんなやってたの!!」
貴族なんかいるのか。という驚きはとりあえず置いておくことにした。

聞いた青年は、カブトムシやら戦隊物やらを見る子供のような目をしてクリハをまじまじと眺めた。
「す、げーなー。」
何だか瞳がいやにキラキラしていて、少し不安になる。
「あ、あんたは何なのよ?あと、あの黒い男の人も。」
「黒い……人??」
クリハの言葉に、あれが人に見えたのか、という不穏な言葉を呟いてから、青年は考え考え答えてくれた。
「あれは、『貘』って言うんだ。人の『夢』を食べて生きてる。」
「……『貘』??」
ああ。呟く青年の顔は険しい。
「人の『夢』ーーー爺は、『希望』とか、そういう言葉が似てるって言ってたけど、そういうものを吸い取ってしまうんだって。それを無くすと、人は生きていけないんだけど、死ぬことも出来なくなるんだって。」
そう、聞いた。
ぽつりと呟く青年は、俯きながら、どこか遠くを眺めているみたいだった。

浮かぶその表情に感情を同調しかけたクリハは、あることに気付いて首をかしげる。
「……もしか、しなくても……私、危なかったりした?」
ちらりとクリハに目を戻した青年は、大真面目な顔で頷いて見せた。
その表情が去った危機の大きさを示しているようで、クリハはぶるっと身震いをした。
「まあ、爺が俺なら間に合うって言うから心配はしてなかったけど。」
「……その、爺?って……」
当然のように答える言葉に首をひねると。
「そういうのを見るのが得意な年寄り。」
少し得意げ顔で、だけど何故か苦々しげな声で、青年は唸った。