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「光の軌跡 The Speed of Light」 エリザベス・ロズナー 著

富永和子 訳 出版社:早川書房 ISBN:4151200258


光の軌跡 (ハヤカワepi文庫)/エリザベス ロズナー
¥864
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あらすじ:「ジュリアンはひきこもり生活を送る科学の天才。ある日、妹ポーラが声楽家を目指してはるか遠くへ旅に出ることを決心し、掃除婦のソーラが部屋とジュリアンの世話をすることになった。戦争で地獄を経験した父の忌まわしい記憶を背負う兄妹と、故国で村中を皆殺しにされたソーラは、次第に少しずつ心を開いて互いの苦悩を理解しあっていく。過去の呪縛から解放され、未来へ向かって生きる勇気を詩情豊かに描く感動作。」


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自分の中では今年は過去最速のレベルでもってハヤカワepi文庫を紹介していっている気がします。いえ、別にまわし物って言うのではありませんよ。純粋にこのシリーズは「全部集めるに値している」と思っているからです。年内に目標は「30巻目」までは行きたいなぁ。達成したい!

(現在はNo.27読み終わっている感じ)


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作家はもとは詩人で、これが長編小説としては「初」なんだそうです。「初めて書いたの?」っていく位にきちんとまとめられていますし、文章が綺麗ですね。無駄がない。きちんと選び抜かれつつ、それが変に華美でないのも良い。


詩人と聞くと、一種独特な言い回しを好みそうな印象があったので、「大丈夫か」と心配していたのですが、逆に詩人だからこそ、「無駄な言葉、文章」っていうものを入れないのかもしれない。言葉に敏感な人達なんですね、多分。それでいて全部は説明せず、ある程度読者に想像の域を作ってくれているのはありがたい。


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印象としては「波」「波紋」っていう感じ。ジュリアンは妹ぽーらがいないと駄目な位のヒッキー(ひきこもり)。妹を常に頼りにしている。そんな中、妹は外へと羽ばたいていく。声楽家を目指す為に。


そして入れ替わりで現れるのが「他人」である美しい掃除婦の女性ソーラだ。最初はぎこちないジュリアンとソーラ。でもそれが波長があっていくというのか、波が最初はたんにぶつかりあっているだけであったのが、段々と合わさっていく。あるいはジュリアンの心の波紋が、ソーラに伝わり、波紋を投げ返す。それは遠い異国の地にいるポーラがジュリアンの心の波紋に呼応する時もある。そういう感じで各々が思いを描いていくと言えば良いのか。

ジュリアンとソーラで見ていけばやはり「波長が合う」ようになっていく。それを読んでいて感じ取れるのがなんか良いのだ。


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ジュリアンは最初、内に閉じこもっているのだが、段々と解放されていく。それと同時に各々が抱えている「闇」が浮き彫りになっていく。それをお互いが少しずつだが、「理解」していく。それはとても煩わしいことなのかもしれないし、本来は知らなくても良いことなのかもしれない。


でも「それを知る」必要性がいずれは出てくるのである。そういうことの積み重ねによって過去は作られ、僕らは今を生き、未来へと繋がっていくのである。


例えば、ポーラは旅先で自分の父親のルーツを知ることとなる。それは「アウシュビッツ」の話である。それと父がどのような関係にあったのか。ポーラの父を知る人物はそこで「知らなくても良い事だ」という。しかし、ポーラは父の秘密を「知らねばならない」と良い、それを知ることになる。


本来であれば、父が「沈黙」をしていたのだから、それは娘であるポーラに知らせたくなかったという意志表示でもあったはずだ。しかし、同時に「ルーツ」を知ることは必要な事でもある。語られなければならない『真実』は同時に誰かにとっては知らなくても良い『真実』であるかもしれない。ポーラはそれを知り、絶句する。


そして、彼女はおそらくははじめて「闇」を抱えることになる。自分だけでは、どうしようもない。彼女は悲嘆にくれるわけだけど、最後に彼女は「その沈黙の中の真実を哀しむ」ことも必要だが、それもまた自分を構成していた一つの「要素」であるとして彼女は「ルーツ」を自分の中の一部として受け入れようとしていく。それはソーラと出会った事で変化していく兄をみたからこそかもしれないし、手探りの中で見つけた彼女なりの解答なのかもしれない。


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ソーラもまた苦悩する。自らの生い立ちが血塗られているからだ。最初はそれを自分だけのものとして、自分の中にだけ秘めていた。それは奇しくもジュリアンとポーラの父と同じ「沈黙すべき過去」だったのだ。だが、ふとしたことで彼女はジュリアンに自らの物語を語ることになる。そこに至るまでにジュリアンへ信頼を寄せていったということもあるが、彼女もまた「前に進む」為に「真実ではないけれども真実に近い彼女の物語」をジュリアンへ打ち明けることになる。


ジュリアンの感想としては、「これは彼女の物語であって自分は関係のない話なのだ」と思ってはいるが、これが「ジュリアンとソーラ」の関係を結びつけるのには「必要な物語」であった。


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ジュリアンはそんな女性二人の波紋を受け取りながら、少しずつではあるが作品内で変化を見せ始める。人に興味がなく、妹に依存していた彼は、ソーラと出会い、ポーラと一時的に離れた事で人間味を取り戻していく。恐怖はある。不安もある。だが、今のジュリアンならば、過去を振り返り、今に足を置き、未来を見据えるだけのことは出来るようになっている気がする。


これは、心に大きな傷を負ったあるいは負ってしまった人達の物語であり、そして少しずつだがその傷と向き合って歩んでいく物語なのだと思う。似た者同士が集まって「傷のなめ合い」をしているのかというとそうではない。時には似たような人が集まり、協力して歩んでいくことも必要なんだと思う。


それは、弱いというのとは別だと思う。まぁ弱いのかもしれないけれども…。でもだからこそ、「強くもなれる」。そう思うのだ。


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次回は……

「わたしを見かけませんでしたか」

しゃれた笑いを誘う短編集。

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