北朝鮮版S-300「雷-5」を考える | 北朝鮮の軍事情勢をウオッチしよう

北朝鮮の軍事情勢をウオッチしよう

主に北朝鮮の軍事情勢や装備などを考察・解説するブログです。

      画像提供:Mr.Taepodong氏(無断転載は厳禁です)                             
1 はじめに
2010年10月10日に平壌で実施された大規模な軍事パレードは、北朝鮮ウォッチャーのみならずミリタリーマニアにも大きな衝撃を与えました。その理由は幾種類にも及ぶ未知のAFV群や弾道弾が大挙として公開されたからです。

90年代半ば以降の北朝鮮における閲兵式はほぼ兵士のみの参加であったため(たまにトラック、そして弾道弾は登場したが)、マニアとしては面白みに欠けていました。また、朝鮮人民軍に関しては「博物館級の旧式装備しかない軍隊」という従来からのイメージが非常に強く、事前に機甲部隊が閲兵式に参加するという報道を耳にした筆者でさえ、旧式の天馬号やT-55が出る程度だろうと思っていただけに、この衝撃は極めて大きかったのです。

                                    
この閲兵式に登場した新型装備では新型戦車や弾道弾も興味深かったですが、筆者はロシア製のS-300に酷似した地対空ミサイルシステム(SAM)に興味を惹かれました。同システムが事前に西側に全くキャッチされていなかったために登場だけでも驚きでしたが、同システムは指揮車と推測される車両が2台、その支援車両と思われる車両が2台、30N6(5N63)に酷似した多機能レーダー搭載車両が2台、そして自走発射機(TEL)が9台(1台は予備車両)という規模で参加したこともあるため、既にある程度の数を生産して配備を進めている可能性が十分に予想できたことも驚きでした(下の画像)。

 

 

また、このSAMは弾道弾を差し置いて閲兵式の最後を飾るトリとして登場したことも北朝鮮が満を持して公開したことが容易に推測できました。つまり、北がこの兵器に力を入れているだろうことが明確だったということです。


このSAMの登場によって制裁などによる貧困や厳しい経済的苦境に陥っていると思われていた北朝鮮が外部世界の予想以上に地対空ミサイルシステムの近代化を図っていることが把握されたので、その脅威レベルを再検討せざるを得なくなりました。

このシステムについては今まで西側に知られていなかったこともあり、注目はされたものの北朝鮮が得意とする「ハリボテ」ではないかと評する意見も多く見られました。        
しかし、初登場した閲兵式の後には同システムと思しきミサイルの試験発射が多数観測されており追尾レーダー車両が演習に参加していたことが判明していることから、少なくともこれらが「本物」であり、同システムが米当局によって「KN-06」と呼称名を付与されたことも確認されました。この後、2016年と翌17年に発射試験を大々的に公開して「新型対空迎撃誘導武器システム」と呼称していることから、最終的にこのSAMが本物であることが確認できました。


雷-5については書籍やインターネット上でも情報が少なく、インターネット上で検索しても「S-300や中国のHQ-9をコピーしたか改良したもの」とするものが多く、中には「中国やロシアが秘密裏に技術支援した」「ベラルーシから流出意した」という根拠のない情報も多くありました。この種の論調は米国防総省が発表している北朝鮮に関する軍事力のレポートでも同様でしたので何らかの根拠はあるとは思われますが、特徴的に同一とは疑わしい点もあるため、個人的には疑問が残ります。


このシステムに関する資料に乏しいこともあり、推測ばかりですが、雷-5について当記事で考察してみようと思います。その前に、画像などから割り出したデータは画質や著者の未熟さもあるため、それ自体の正確性を保証しないこともここに記しておきます。   
※北朝鮮版S-300について、当記事では「雷-5」「KN-06」「システム」「SAM」と記述します。また、人物の役職名は当時の時点のものを表記します。

※S-300とHQ-9については使用できる画像がありませんので、この記事には掲載していません。インターネット上には多く存在するので、気になる方は検索してみてください。

2  確認された装備と想定されるシステムの構成車両について

まず、今までに把握されている雷-5を構成する装備について説明します。2017年時点では、

  •  TEL  9台 
  •  多機能レーダー車  2台
  •  指揮通信車 2台 
  •  支援車両と思われるもの 2台

が確認されています(下の図のとおり)。


開発のベースとされたS-300やHQ-9にはシステムに対空捜索レーダーが含まれていますが、北朝鮮の場合は不明です(閲兵式などでも見登場)。一見すると雷-5には高度な対空捜索レーダーが欠落しているようですが、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が公開している武器輸出入のデータによれば、北朝鮮は1987年から88年の間にソ連からS-300PT~PMU1用の索敵レーダーである36D6/ST-68U「ティン・シールド」を3基導入したというデータがあります。これについては長期間にわたって本当に保有しているか不明でしたが、2012年に平壌・美林飛行場で開催された「第26回朝鮮人民軍・軍事科学技術展」で展示されていたことが衛星画像で確認されました(下の画像)。

この点を踏まえると、この36D6が雷-5の捜索レーダーである可能性が考えられます。

 

 

今まで把握されているシステム構成車両の数が北朝鮮が保有する雷-5の全量と仮定すれば、1ユニットは捜索レーダー1基、TEL4台、多機能レーダー車1台、指揮通信車1台、同支援車両1台などで構成されている可能性があります(あくまでも推測です)。
特に2010年に登場した同システムの車列の構成は上記の1ユニット2つ分でしたので、部隊を構成する車両数としてその可能性が十分にあると考えます。



3 特徴・既存のシステムと比較
雷-5(と搭載車両)のデータについては基本的にベース車両のものを参考にしていますが、不明な点は独自に計測して算出しています。そのため、正確さで不十分な面があることに注意してください。

 

①自走発射機(TEL)について

TELは、 

  •  全長:約11m、全幅:約2.5m、高さ:約3.37m

です。

一見してわかるとおり、ミサイル・キャニスターを3発分しか搭載していないという点が特徴ですが、 同系統のS-300やHQ-9は4発分を搭載しているため、この数に違和感を覚える方も多いかと思われます。

ただし、これについては中露が車両に大型のMAZ-543系トラックを使用している点に対し、北朝鮮では(ロシア・カマズ-55111をノックダウン生産した)太白山-96中型トラックを使用していることから、搭載容量やサイズの関係で搭載数をあえて3発にしたと思われます。それを踏まえると割と妥当な数字ではないでしょうか。


本システム自体もS-300やR-17(スカッド)のように発射台の下にあるシリンダーでミサイル・キャニスターを立ち上げるものと思われますが、これに加えて太白山-96の後部に備えられているシャーシと発射台との接合部は単に両者を接続するだけの形状ではなく、パワーゲート式パネルバンに設けられているような機構もあるるように見えます(下の画像)。太白山-96の原型である55111はリヤダンプ式のダンプカーであり、荷台  前部の下からシリンダーで持ち上げるタイプなので、荷台後部とシャーシとの結合部には特別な機構は備わっていないようです。よって、この部分は北朝鮮製のオリジナルとみるべきかもしれません。


 

②ミサイルおよびキャニスターについて
キャニスターのサイズは、

  •  全長:約6.9~8.0m、直径:約85~88cm

です。

キャニスターの形状はS-300等と酷似していますが、差異も確認できました。キャニスター側面の縁(リム)の数を確認したところ、

  •  雷-5:13本
  •  S-300:13本
  •  HQ-9:11本

で、雷-5とS-300については縁と縁の間の間隔が均一ではありませんが、HQ-9はその全てが均一でした。

また、キャニスターの接地面(尾部)にある縁の数は、

  •  雷-5:8本
  •  S-300:8本
  •  HQ-9:0または10本

でした。ただし、雷-5は縁の数がS-300と同数であるものの尾部の接地面積は前者の方が広かったため、完全に同一の形状ではありませんでした。 

 

ミサイルのサイズは、

 

  •   全長:約6.8~7.5m 直径(尾翼を除く):約468mm~546mm

です。

算出に用いた画像では、ミサイルや車両の画質が荒いなどの理由から大きな開きがあるものの、S-300やHQ-9と大きな差はありませんでした(誤差を修正するとほぼ同一かもしれません)。

しかし、ミサイル自体の画像をよく見ると一つだけはっきりした点がありました。それは雷-5のミサイルには噴射ノズルに推力偏向用のベーンが無いことです。HQ-9のミサイルはS-300をベースとしていますが、噴射ノズル部に4基のベーンが装備されている点が異なっており、それが外部からでもS-300と明確に区別することができる特徴となっています。公開された映像や画像を確認しましたが、雷-5には噴射ノズル部にベーンが見られませんでした(下の画像のとおり)。
これだけで判断するのであれば、雷-5はHQ-9ではなくS-300に似ているということになります。

 


次に、ミサイルがキャニスターからコールド・ローンチで射出されてからロケット・モーターの点火が開始されるまでの時間と飛行距離について検証するしてみます。
本システムのミサイルはS-300やHQ-9と同様キャニスターからコールド・ローンチ式で射出されるので、これを比較することによって差異や雷-5がベースとしているものについて明らかにしようと試みました。時間についてはデータの偏りを最小限に抑えるため、インターネット上で  公開されている各システムの発射を撮影した動画や画像を多数用いて計測データの平均値を割り出しています。なお、点火までの飛んだ高さについては十分な画像や映像を得ることができなかったため、各システムのものを一つずつ用いて比較してみました(下の画像は検証に使用した資料の一例)。

 

 

このようにして検証した結果は下のグラフのとおりです。
                                                                               

        

この結果から見てわかるとおり、どれもが完全に一致していないことがわかります。もちろん、発射当時の気温や天候などの理由で左右される場合がある可能性を考慮すれば断言は難しいが、ある程度の差異があること自体を否定することはできないでしょう。
点火までの時間を比較するとS-300と残り2つの間では約0.5秒ほどの差がありますが、逆に飛行高度ではHQ-9が残り2つとの間では約10m以上もの差がありました。                 
雷-5を主体にして比較してみると、点火までの時間はHQ-9とほぼ同じで飛行距離はS-300に近いことを把握することができました。結局はS-300とHQ-9のどちらにも完全に一致しなかったということです。


また、これらを確認する過程で、雷-5の射出されたミサイルでは、ロケット・モーターが点火される直前の一瞬にエンジンノズルから線状の白煙が尾を引く状況を確認することができました。ほかのシステムと比較したところ、S-300では同様の白煙を確認することができましたが、キャニスターから射出された時点で同様の白煙が出ている点で差異が認められました(雷-5の場合は射出されたミサイルが浮き上がってしばらくしてから白煙が出るため)。HQ-9の場合はミサイルが射出されてから白煙を引く間も無く点火が開始されたのでS-300とは明確に異なっています。これが何を意味するのかは謎ですが、どちらをベースとしているか判断する材料の一つになるかもしれません。
      

これとは別に、本システムは2016年に行われた発射試験の段階で発射の際には、S-300らと同じミサイルまたは専用の機構がキャニスターの蓋を破砕して射出される方式でしたが、2017年の試験では蓋を何らかの方法で破砕せずに吹き飛ばし、その後に射出が開始される方式に変更されました。
これが「昨年に現れた一連の欠陥(2017年におけるキム総書記の発言」の改善の結果か否かは判然としませんが、最終的には本システムでは蓋をそのまま吹き飛ばす方式が採用されたものと思われます(下の画像のとおり。KN-25短距離弾道弾も蓋の除去方法で同様の変化があったことは興味深い)。

 


③多機能レーダー車について

 

使用されているトラック自体がTELと同じ太白山-96のためか、車両自体の大きさはTELとほぼ同一でした。 
このレーダーは一見するとS-300で標的追尾やミサイル誘導などに使用される30N6「フラップリッド」レーダーに酷似していますが、異なる点も多数あることには驚かされます。
まず、ベース車両は先述のとおりTELと同様にMAZ-543系トラックを使用せずに太白山-96を採用しています。ここで、レーダーアンテナを装備するコンテナ部についてS-300用の30N6とサイズを比較してみました(結果は下の数値とイラストのとおりです)。

  • 30N6   全長:約381cm×全幅:約307cm×高さ:約160cm
  • 雷-5   全長:約383cm×全幅:約250cm×高さ:約138cm

 

雷-5のものは30N6と比較するとコンテナの長さはほぼ同一ではあるものの、幅や高さが明らかに短いことが判明しました。また、車両後部に設けられた操作要員が乗り込むコンテナ部についても雷-5の方が小さいことが容易にわかります。

仮に既存のシステムのコピーであれば、何故わざわざサイズを変更して製造する必要があったのかという疑問が浮かび上がります。筆者が予測する原因としては、ベース車両にあると考えています。MAZ-543と太白山-96はサイズが完全に異なっており、当然ながらペイロードにも大きな差があります。雷-5で使用されている太白山-96は車体を延  長するなど大幅な改良を加えていますが、ペイロードが劇的に増加したとは考えにくいものがあります。つまり、搭載車両のサイズやペイーロードに合わせてコンテナ部などを製造していることを意味するわけです。

 

このことを考慮すると、雷-5が明らかに当初から太白山-96へ搭載することを見込んで開発を始めた可能性が著しく高くなりますが、仮にこれが事実だと当初からMAZ-543系での運用を想定せずに開発を進めていたことになります。北朝鮮が弾道弾のTELにMAZ系トラックを優先的に使用しているとするならば、カマズなどのトラックを通常装備に割り当てていること自体には納得がいきます(北朝鮮に重量級の大型トラックを製造する能力が無い場合は必然的に輸入に頼らざるを得ませんし、入手できたものは弾道弾などの特定の分野に優先して割り当てられることが自然です。例えば、KN-09の場合は中国製トラックやZIL-135、KN-25の場合はRM-70 122ミリ放射砲用のタトラT813をわざわざ転用しています。2021年現在ではその傾向が改善されたようにも見えますので、今後も注視が必要です)。

 

こうなるとカマズ-55111の国内生産に至る経緯や目的(露朝間で軍用に用いないという約束があったと言われている)が怪しまれますが、情報が少ないので今後の続報を待つ必要があります(下の画像では中央奥側にある雷-5のTELはキャビンがカマズ-55111オリジナルの塗装のままである点に注目してください)。

 

 

コンテナ部のサイズが明らかに小さいことについて性能や運用に支障を来さないかという疑問が湧きますが、これについては機能をオミットしたり不足分を別の車両に搭載するという、いわば分割して運用している可能性もあるので、運用自体には問題が無いのでしょう。実際、発射試験には成功しているのがその証拠と言えるかもしれません。


話はコンテナ部に戻りますが、30N6と異なるのはサイズだけではありません。側面を見てみると雷-5の場合は左側に扉が2カ所、右側に1カ所設けられていますが、30N6の場合は扉が左右ともに1カ所ずつしかなく、数が同じ右側も扉の位置が異なっています。

また、雷-5では右側に30N6には存在しない整備や点検に使用されると思われる扉やパネル状のものがあります。これだけでも大きな違いがありますが、最大の特徴としてはアンテナを支えるダンパー下部の取り付け位置が異なっています。雷-5ではその位置がコンテナ下にあるのに対して30N6ではコンテナ上部にあるのです。つまり、ダンパーの長さ自体が大きく異なっているわけです。

取り付け位置の基部を⾒ても前者はコンテナ側⾯にダンパーが位置するように取り付けられていますが、30N6ではコンテナ上部の側⾯に切り⽋きを設けてそこに配置しているため、ダンパーがコンテナより外にはみ出ることはありません。雷-5の場合はダンパーが干渉する部位のみコンテナの幅が狭められていますが、この措置はコンテナ⾃体の幅が異なるためになされたものと思われます。

 

コンテナ部の形状自体も異なっており、真横から見ると雷-5のものは正面上部がやや斜めになっていますが、30N6はほぼ長方形です。ただし、後部の形状などにある程度の共通性が見られるのでこれらが完全に別物のシステムというわけではなさそうです(形状はやや違いますが排熱⼝の位置は同じです)。

※HQ-9 ⽤の HT-233 のコンテナ部についてはほぼ形状が 30N6 と同じなの でここでは説明を割愛します 

 

次にアンテナを⾒てみます。 アンテナ⾃体は⼀⾒すると 30N6(30N6E)そのままに見えますが、よく見ると異なる点もかなり多 いのでやはり同⼀とはいえません。

 共通性があるのはアンテナ裏⾯であり、本システムと 30N6 を⽐較してみるとほぼ 同⼀であることがわかります(下の画像のとおり)。

ただし、裏面上部にある⻑⽅形のパネルは形状がやや異なって いるので完全には⼀致していません。

 

 

確かに類似点は多いですが、⽐較すればするほど異なる点が増えていきますので、それらを列挙してみます(画像のとおり)。

 

  1. アンテナ側⾯が平らである(30N6 は上から下にかけて広がるように僅かに傾斜している)
  2. アンテナ上側⾯の左右に2つの突出部がある 
  3.  アンテナカバー(白い部分)の下部の左右⾓が斜めになっている(30N6 ではほぼ直⾓) 
  4.  アンテナ⾃体の形状が異なる(雷-5は下部の左右⾓が斜めになってお り、30N6でも斜めになっているがその⻑さが短く、⾓度も急である) 
  5. アンテナ正⾯下部には何も無い(30N6 では整備・制御⽤と思しき⼩窓状の開 閉パネルがある) 
  6.  アンテナ側⾯にコンテナとの接合部がある(30N6 には無い) 
  7.  アンテナ⾃体の全⻑は 30N6 とほぼ同⼀だが、コンテナとの兼ね合いを考慮すると幅が狭い可能性がある 
  8.  ダンパー取り付け部の位置がアンテナのほぼ外側に⾯している(30N6 は若⼲ 内側にある) 

※HQ-9 ⽤の HT-233 についてはアンテナの形状が完全に異なるので、ここでも⽐較を割愛します。 

 

④指揮通信⾞両・支援車両について 

 

雷-5には中国・東⾵汽⾞製トラックをベースとした⾞両が

  • コンテナ部の上部角が斜めになっているタイプ(上の画像左)
  • コンテナがほぼ直方体になっているタイプ(上の画像右)

の2種類存在しており、筆者はそのうちの前者を指揮通信⾞と推測しています。 その理由として、同⾞は 2010 年の閲兵式から数回にわたって登場しており、2016年4⽉の発射試験ではTEL付近にアンテナらしきポール状の物体を出して配置されている状況が⾒られことから、これがミサイル発射に直接的な関係を有する⾞両と推測できるからです(下の画像)。

 

 

しかし、S-300 ⽤の 54K6EやHQ-9 ⽤の⾞両(名称不明)と⽐較すると⾞両の指揮区画と思われるコンテナがやけに⼩さいですが、これをどのように理解するべきでしょうか? 著者はこの疑問に対する回答が閲兵式に揃って登場した⽀援⾞と思しき⾞両(コンテナ部が直方体状のもの)の存在ではないかと推測します。この⾞両は前記のとおり閲兵式に(推定)指揮通信⾞と揃って登場 した上に故⾦正⽇総書記が本システムを視察した際も同様に写っていました(下の画像)。 

 

 

これを踏まえると同⾞も雷-5の根幹を成す装備の⼀部であり、もしかすると、この2台で指揮通信⾞両1セット分としているかもしれません。つまり、本来は1台のMAZ 系トラック で運⽤すべきものが前述の事情などによって指揮通信システムを分割して2台の中型トラックで運⽤している可能性があるということです。

 

⑤雷-5に採⽤された⾞両について(前半と重複部分あり) 

TELと多機能レーダー⾞については、ベース⾞として平壌の Pyongsang(平城?) ⾃動⾞⼯場で⽣産された太⽩⼭-96中型トラックが採⽤されています。 同⾞はロシアのKAMAZ社が2007 年に北朝鮮で開設した55111型トラックの⽣産ラインで共同⽣産されたものとされていますが、実際にはノックダウン⽣産のようです。 合計で156台分の組み⽴てキットが北朝鮮に送られ、07年に48台が組み⽴てられたと伝えられています。 

 

ご存知と思われますが、朝鮮⼈⺠軍が装備している軍⽤トラックの多くは旧式であ り、⽐較的新しい型の⾞両についても数が少なかったり、すでに他の装備に使⽤されているものが多いことが通例です(例:KN-09 など)。こうした事情を考慮すると開発開始の時点において北朝鮮国内で最も新しい上に保有数が多く(ノックダウン⽣産で得た技術でコピーすらできそうな)、⾃国で整備しやすい太⽩⼭-96 を選定した可能性があります。 最近は勝利⾃動⾞⼯場で国産の新型トラックを量産し始めたと盛んにアピールしているので、将来的には同⾞が本システムに採⽤される可能性も排除できないと思われます。 

 

ところで、気になるのは指揮通信⾞両についてS-300(54K6E)ではTELと同じMAZ系トラックを使⽤しているである点に対して雷-5では専用としてに中国・東⾵汽⾞製EQ2093F6D 型トラックを採⽤している点です。ここで考えられるのは、⼤型⾞両への搭載が不可⽋であるTELと追跡レーダー⾞には太⽩⼭-96を優先して割り当て、それよりも⼩型の⾞両で代替できるものについてはそのようにしたのではないでしょうか。同⾞は太⽩⼭-96 と異なり、⺠間でも多く使⽤される姿が確認されています。 現に太⽩⼭-96 は数に限りがあるようですので、その数をできるだけ温存したいと考えたならば不⾃然ではないでしょう。 

しかし、北朝鮮ではS-300 やHQ-9 系に採⽤されている MAZ-543系トラックを多 数保有して独⾃⽣産もしていると思われているにもかかわらず、このシステムには採⽤ されていない点には疑問が残ります。ひょっとすると、⼤型⾞両は弾道ミサイルのTEL⽤ に優先されているなどの理由があるのかもしれません。

ただし、2020年10月の閲兵式に登場した雷-5と思しきTELは道の大型トラックに牽引されて登場しましたので、TELに関する状況は改善している可能性があります。(下の画像)。

 

 

3⼈⺠軍武装装備館の解説について 

アメリカに在住している韓国⼈で「⽶国平和統⼀研究所」所⻑であるハン・ホンソク⽒という⽅がいます。ハン⽒は2013 年6⽉に平壌に所在する朝鮮⼈⺠軍武装装備館を訪れた数少ない外国⼈であり、同所で掲⽰されていた各装備の名称や解説をメモして韓国メディアの(重度の北朝鮮シンパ、いわゆる従北メディアである⾃主時報で発表しました。そのため、ハン氏には多くの北朝鮮兵器の正式名称を世に広めた「功績」があります(例えば暴⾵号と呼ばれた戦⾞が天⾺-216 であったり、 謎の 125mm 砲搭載戦⾞が先軍-915 と初めて把握されたのです)。雷-5も例外ではなく、ハン⽒によって解説に記載されていたスペックなどがメモされており、 そこで名称が 「雷-5」と判明したものです。 北シンパのジャーナリストという立場もあり、メモ⾃体の信⽤性に疑問が湧くことは当然ですが、後で韓国国防省やメディアも 125mm 砲搭載戦⾞を先軍号と呼称し始めているので、ある程度信用に値するものと考えます。 

ここで、ハン⽒が記した雷-5に関するメモの内容について紹介します(下のとおり)。 

  1. 全⻑ 7.5m 
  2. 最⾼速度 マッハ7.0 
  3. 360 度の射撃範囲 
  4. 射撃準備時間 5分 
  5. 100 以上の空中移動標的を同時索敵 
  6. 2010 年に実戦配備完了 

このデータを S-300 と HQ-9 のミサイルと⽐較してみましょう(S-300 については数種類 のミサイルがあるので分けて⽐較します)。

 

 

こうしてみると奇妙なことに48N6 系ミサイルが雷-5 と⼀致しています。もちろん、全てが⼀致しているとは限りませんが⾮常に興味深いデータであることは間違いないでしょう。 これが正確なものと仮定すれば、雷-5はS-300ベース、それも比較的新しい48N6系ミサイルを元にしている可能性が出てきたわけです。

事実であれば、北朝鮮がどのようにしてその技術を⼊⼿したのかが気になるところですが、情報が無いので続報を待つしかありません。 

 

4標的の獲得⼿段について 

雷-5で気になるのは専⽤の捜索レーダーが公開されていない点です。前述のとおり36D6を使用するのかもしれませんが、北朝鮮はどのように標的を探知して雷-5に標的のデータを与えるのでしょうか?推測できる方法については以下の例が考えられます。

 

①36D6 を使⽤する

前述のとおり、北朝鮮は既に36D6を保有しています。このレーダーは もともとS-300⽤の捜索・標的獲得レーダーであるので当然ながら使⽤されるとみるべきでしょう(武装装備館の解説にあったとされる索敵可能な空中標的の数もほぼ⼀致している)。ただし、低⾼度の標的を検出する76N6「クラムシェル」レーダーを保有しているという情報が無いため、 低⾼度に対する脅威の対処に不安が残りますが、同レーダーが無くてもシステム⾃体は運⽤できる点に留意しておく必要があります(代わりに旧式のPRV-10などを使用する可能性もあるからです)。 

 

②既存の捜索レーダーを使⽤する 

例えば、S-200⽤の5N69「ビッグ・バック」やP-14、P35「バーロック」など既存の捜索レーダーを転⽤することです。 新型のレーダーが少ないのであれば、こうした⽅式を使⽤するのが妥当な気がします、当然ながらレーダーと雷-5側もそれなりの改良が必要かと思われます。 また、レーダ−が旧式なので精度に⼤きな不安があり、更にS-300⽤に開発されたものではないい以上、問題なく運⽤できるのかという疑問が残ります。 

 

③防空システムのデータリンクを活⽤する 

これは上記と被るかもしれませんが、北朝鮮で使⽤されている防空指揮システムを使⽤することです。 2008年11⽉下旬にミャンマーの軍事代表団が訪朝した際に平壌で「管制指揮シス テム及び国家防空指揮システム『PLUTO‒4S』: Command Post (Command Control System and National Air Defense Command System‒PLUTO‒4S)」なるものを視察しましたが、詳細については不明です(シリアには輸出したという情報がある)。 このシステムが各地域のSAMサイトとリンクされているかは不明ですが、肝⼼の航空戦⼒が貧弱な以上は迎撃戦⼒としてSAMが事実上の主⼒と考えるならばリンクされている可能性を否定できないでしょう。ただし、電⼦妨害に対抗できるのかという不安は残ります。 

 

下の画像は雷-5の運用想像図です(レーダーの位置がおかしいですが、ページの都合上です)。週末誘導にTVM方式を使用しているのも単なる想像です)。

 

 

5配備までの動き 

北朝鮮がS-300級SAM の保有を⽬指していたことは、⾦委員⻑が雷-5について「開発当初から(⾦正⽇)総書記が⼀つ⼀つ⼿間を掛けて導いてきた忘れ形⾒の武器システム」と述べている点からわかるとおり悲願であり、その開発が昨⽇今⽇に始まったことではない⻑期間にわたる⼀⼤プロジェクトだったことが容易に推測できます。

 

北朝鮮と S-300の関係が最初に報じられたのは 2001年に⾦正⽇総書記がロシアを訪問した際のことで、導⼊を希望したという内容でした。しかし、そこから先の進展が報じられなかったことから、北朝鮮が供与を望んだ別の兵器と同様に失敗に終わったと思われます。 ここからしばらく間がありますが、東亜⽇報によれば「KN-06」は2008年から開発されたとのことです。 しかし、その報道記事を引⽤したインターネット上の記事によれば、KN-02地対地弾道弾を改良したミサイルという記述があるので、これが雷-5を指すのか判然としません(地対地ミサイルと地対空ミサイルは性格も異なるし、そもそも⼤きさや構造自体が異なります)。 この記事が指すKN-06は改良型KN-02とみた⽅がいいかもしれませんが、「本当のKN-06(雷-5)」が試射されたという2011年の報道でも同種の記述があるので、この情報は一応は頭に⼊れておくべきでしょう。 

 

いずれ、2006年にカマズ-55111 のライセンス⽣産が開始されたことに加えて同⾞に収まるようにレーダーアンテナやコンテナ部が設計された可能性を考慮すれば、少なくともこの時期には開発が本格化したと思われます。 その後、2010 年に初公開して翌年から試射を開始、2015 年に多機能レーダー⾞が演習に参加する模様を公開しています(下の画像)。

 

 

雷-5は2016 年 4 ⽉には⾦委員⻑の⽴ち会いで発射試験を実施していますが、翌 5⽉に委員長から「対空システムをさらに⾼いレベルに引き上げることを指⽰」された結果、2017年の試射の際には「昨年に現れた⼀連の⽋陥も完璧に克服された、合格に評価する」と性能に合格判定を受けました。 つまり、2017年の段階で当このシステムはほぼ完成したと思われます。

ちなみに、雷-5については各種報道を総合すれば射撃試験が2011年から開始されており、韓国メディアに よれば、確認されただけでも同年で9 回、2012年に3回、2015年から年1回ずつ実施されたようです。 射程距離については、韓国国防省筋によれば最⼤で 150Km は⾶⾏したと述べていることから、旧式のS-75や125と⽐較すれば⼤幅な性能向上がなされたと⾒ていいでしょう。この数字からも雷-5のミサイルが48N6 系ベースである可能性も⽰唆しています。 

 

6今後の展望 

満⾜な性能が確⽴されたことで、このシステムについては配備が進むと思われます。 しかし、ハン⽒のメモ内容が正しいとすれば 2010年の段階で既に配備が開始されたはずです。雷-5が最初に試射をキャッチされたのは201年であり、失敗説も報道されました。2017年の発射試験で⾦委員⻑が「昨年の⽋陥が克服された」として「合格」判定を出したことを考えると、このシステムが今まで本当に配備されていたのかという疑問が⽣じます。 

また、2015年に北朝鮮がロシアからS-300の購⼊を試みて失敗したという海外メディ アによる報道がありましたが、これも事実ならばこの時点でシステムの性能に問題があ った説を補強する材料となります(2017年に⽋陥が完全に克服された点も同様です)。

 

 しかし、北朝鮮は新型兵器が「完成」した時点で性能や安定性の如何を問わずに配備する傾向があるようなので、この点に関して⽭盾は無いと思われます。 例えば、⽕星-7 (ノドン)は 1993 年に⽇本海に向けて試射をした後に量産及び実戦 配備を開始したとみられていますが、実際に最⼤射程距離近くまで⾶⾏させたのは2010年代半ばに⼊ってからです。驚くべきは、その性能が完全に実証されるはるか以前に海外へ輸出されていることです。

 ⽕星-10(ムスダン)についても2003年頃に試作型が完成して試験配備されたといわれており、初めて存在が確認されたのが2007年、専⽤のTELを含めて公開されたのが2010年ですが、実際に発射されたのは2016 年になってからでした(しかも成功したのは一回だけ)。

 

弾道弾以外の通常兵器も同様です。⾦星-3反艦船ロケット(北朝鮮製Kh-35対艦ミサイル)は、 既に2000年代前半の時点で搭載艦であるノ ンオ級⾼速ミサイル艇(SES)が完成していた上に2010年の時点でミャンマー海軍のフリゲート「アウン・ゼヤ」に搭載されていることが確認されています注:その後、アウン・ゼヤは2020年に金星-3を撤去して中国製の対艦ミサイルを装備した)。 しかし、このミサイルの試射が公式に確認されたのは 2014年前後であり、⾦第⼀書記(当時)から量産の指⽰を出されたのがヘサム級SESからの発射が成功した 2015 年になってからでした。ただ、この場合は過去にP-15スティックスや SY-1シルクワームの発射とされたものが実際には⾦星-3だった可能性があるので結論は早計かもしれませんが、やはりこれも性能が実証される前に配備や輸出がされていたと思われます。 

 

以上の点から、本システムも同様に少数が試験的に配備された後、満⾜な性能が確⽴された時点で本格的な配備に移⾏するとみるのが⾃然な流れかと思われます。 

 

数年前、⽕星-14型ICBM が⽩頭⼭近郊にある⼩⽩⼭のサイロにある旧式のテポドン・ミ サイルと交換させられているという報道がありましたが、この中で同時に新型迎撃ミサイルの配備も進められている旨の記述がありました。仮にこれが事実であれば既に当システムが配備されていることになります。この種の最新鋭装備は重要拠点から優先して配備されると思われるので、報道が事実であったとしても、それ自体は⾃然な流れでしょう。

7補足

この記事は、筆者が同人誌「徹底抗戦 vol.1(2018年夏、サークル:某安全保障番組有志連合)」に寄稿したものを大幅に加筆修正したものです。

これが完成してから3年になりますが、北朝鮮を巡る軍事情勢も激変しつつあり、今回取り上げた雷-5も例外ではありません。

2020年10月10日に実施された閲兵式では、雷-5はオリジナルのS-300・400で使用されているBAZ-64022トラックやアメリカ・オシュコシュ社製軍用トラックに酷似したトラックに牽引されて登場しました。

トラック自体が大型化したことにより、雷-5は搭載数を従来の3発からS-300同様の4発に数を増加させました。キャニスターの形状も僅かに変化しています。

多機能レーダー車は未登場ですが、初登場から10年が経過したことを踏まえると新型が登場しても不思議ではありません。北朝鮮が保有する数少ない現代的かつ脅威的な通常戦力の装備であることから、今後も注目していく必要があるでしょう。




参考⽂献及びホームページ 

"北朝鮮、新型迎撃ミサイル開発で防空能⼒を⼤幅強化"
"北朝鮮、ミサイル発射基地に新型 ICBM の配備を開始か ⽶政府系ラジオが報道 "
"북한, 서해에서 미사일 발사실험, KN-06 SAM 으로 추정"
④"北, 신형 지대공유도무기 시험발사…"공중목표 정확타격"(종합 2 보)",  ※リンク切れ
⑤"북한 김정은 방러 취소, 방공미사일 구매실패 탓", ※リンク切れ

"북한, KN-06 지대공 미사일 올 9 번째 발사 … 지대함도 발사 예고",
"30Н6-командный пункт c РПН ЗРК 90Ж6 ЗРС С-300ПМ",

"С-300"

"С-300ПТ"

"СТ-68"

" ةموظنم عافدلا يوجلا " سا ـ 300"

⑫한호석(2017)「동해 상공에서 백두산 번개가 번쩍」 ※リンク切れ

辺真⼀(2011)「3度⽬の⾦正⽇訪ロの狙い」

Joost Oliemans(2013)「26th Military Science and Technology expo」,

Dr Carlo Kopp, AFAIAA, SMIEEE, PEng(2009)「Engagement and Fire Control Radars(Sband, X-Band, Ku/K/Ka-band)」,

Dr Carlo Kopp, AFAIAA, SMIEEE, PEng(2009)「Search and Acquisition Radars (S-Band, X-band)」,

DrCarloKopp,AFAIAA,SMIEEE,PEng(2006) 「Almaz S-300P/PT/PS/PMU/PMU1/PMU2 Almaz-Antey S-400 Triumf SA-10/20/21 Grumble/Gargoyle」

Dr Carlo Kopp, AFAIAA, SMIEEE, PEng(2009)「CPMIEC HQ-9 / HHQ-9 / FD-2000 / FT-2000 Self Propelled Air Defence System」,

⑲ALI FOWLE(2010) 「Military Documents」, ※リンク切れ

Office of the Secretary of Defense(2014)「Military and Security Developments Involvingthe Democratic Peopleʼs Republic of Korea 2013」

Elizabeth Shim(2017)「Russia-built trucks replicated for North Korea parade」

"S-300 (ミサイル)"

 

"HHQ-9A 艦対空ミサイル(HQ-9A/海紅旗 9A/紅旗 9A)"

"KN-06 (Ponʼgae-5)"

"Air Defense Missile Systems S-300PS"

"Antiaircraft Missile Systems S-300PT"

"S-300PMU2"Favorit"Air Defence Missile System(ADMS)"

"Soviet Radars"

"HQ-9"

"TAEPAEKSAN 96"

"DPRK Air Defense Command System and KPA Unit 681"

"SOV-5N63 / 5N63S ("Flap Lid A" / "Flap Lid B")"

"TRADE REGISTERS"

㉞"⾦正恩党委員⻑が新型対空迎撃誘導武器システムの試験射撃を視察"  ※リンク切れ

무장장비관 견문록(3) 여섯겹으로 덮은 철통같은 공중방벽

㊱坂本明(2001)「⼤図解世界のミサイル・ロケット兵器」 グリーンアロー出版社

Kim Jong Un might have canceled Russia visit over failed missile purchase: Report

 

おまけ(イラスト)