小島流キャスティングの仕方
映画もゲームもキャラクター創りの鍵はキャスティングです。
八割くらいがこのキャスティングで決まります。
キャスティングに失敗すると、現場でどう指示しようと、どう演出しようと、何度録り直そうと、うまくは行きません。
全ては素材(キャスト)とその素材達が生み出す化学反応、そして現場で生まれる調和なのです。
だからキャスティングが決まれば、僕らの様な演出家の仕事はほぼ終わったと云えます。
後は「素材(キャスト)が秘めている力を出し切れる環境を、如何に創るか?」だけを考えていればいいのです。
そして素材と素材を掛け合わせた時の調和に、気を配っていれば全てはうまく行きます。
大切なのは「役に適した素材(キャスト)」というだけの採用理由でキャスティングしてはうまくいかないという事です。
配慮するのは以下の2点です。
ひとつは「世界観を如何に創るか?」という事。
今回の「PW」は「MGS」とはいえ、新しいキャラが多く登場するので、これに関してはいつもより気を遣いました。
新作として大きく飛躍しなければならない一方で、MGSという世界観を逸脱するような事があってはなりません。
まずは大塚明夫さんを世界観のコアに置きます。
明夫さんを重力場(コア)として、その周りに新しいキャラクターを衛星(サテライト)として配置していくのです。
明夫さんはスネーク役を十数年されている「ミスターMGS」なので、ぶれる事はありません。
ここがシリーズ物のいいところでもあります。
そして、最初は大勢で録るのではなく、「スネーク+新キャラ」という「最小単位での掛け合い」でテストをし、スネークとの相性を見ながらキャラを創っていきます。
スネークが太陽であれば、新キャラは惑星という位置関係です。
そうやって創られたキャラ(新しい惑星)もしばらくすると、スネークの重力場の中で自由に動けるようになります。
そしてキャラが定着した後に、みなさんで掛け合いの収録を行います。
こうしておけば、たとえ新キャラが別々のベクトルをもったものであっても、スネークとの重力バランスは取れているので結果、創られた新しい世界もスネーク中心のMGS世界であるはずです。
また別キャラであっても、なるべくMGSを熟知しているシリーズ常連とも云えるレギュラー陣をキャスティングに追加します。
ヒューイ役の田中秀幸さんやチコ役の井上喜久子さんがそうです。青野さんや阪さん等の準レギュラーの方々も同じです。
これで何も言わなくても「MGS世界」を牽引してくれる声優さんが現場に常に複数いる事になります。
僕らが「MGSとはああだ!こうだ!」という前にレギュラー陣が現場での世界を自然に創ってくれます。
次にMGSレギュラーではなくとも、MGSを理解してくれている声優さん達を持ってきます。
そうすることでさらにMGS世界はより固まります。
ミラー役の杉田智和さん、セシール役の小林ゆうさん、ストレンジラブ役の菊地由美さんなどがそうです。
杉田さんは以前「12人の優しい殺し屋」でお世話になりましたが、かなりのMGSコアファンである事を聞いていました。
小林さんも「ヒデラジZ」でご一緒させていただき、MGS愛を強く感じました。
菊地由美さんに至ってはMGS4にも「ヒデラジ」にも出演してもらっています。MGSへの愛情や入れ込みは僕ら以上のものがあります。
レギュラー陣にプラスして、初出演ながらも、MGSを理解していただいている人たちが一堂に会すれば、何もしなくても世界観は自ずと創造できてしまいます。
そこまで固めれば、次は化学反応を起こす人たち(別の太陽系)をさらに配置して行くという手法でキャスティングを創り上げます。
明夫さんの重力場(中心)で生まれた太陽系(明夫系)に刺激を与えるような、別の太陽系を用意してあげるのです。
麦人さんや芳忠さんは明夫さんの重力に対抗するような重鎮(別の太陽系)として、朴さんは重力場ギリギリのパワーを秘めた奔放な惑星として、明夫系に刺激を与える意図でキャスティングしました。
そして水樹さんは、その太陽系に舞い込んできた彗星といった感じでしょうか。
こうやってスネーク中心の恒星系を創り、さらに大きな軌道を描けるように別の恒星を用意、お互いの重力干渉で世界観を広げるようにしています。
同時に配慮しなければならないふたつ目は、人間関係になります。
収録は常に窓のない密室で長時間、長期間に渡って行われる為、素材(キャスト)の相性が重要になってきます。
誰と誰が交友があり、以前に仕事をした事がある、あるいは面識がなくてもお互いが尊敬しあっている、もしくはいい意味でのライバルである等。
勿論、ただ単に仲がいい人達だけで固めるというのは違います。
それなりの化学反応を起こさせるには様々な人間関係をマトリックス上に立体的に配置する必要があります。
こういった情報も集めながら、慎重に配置していき、キャスティングをFIXさせます。
そしてキャスティングの次はスタジオ。
コジプロは使い慣れたコナミのスタジオと技術者を使います。
快適な録音スタジオを提供したいからです。
スタジオは僕らと彼らの「戦場」であると同時に、「HOME」でもあります。
まずはここが居心地がいい環境でないといけません。
その為に、コナミの社内には収録スタジオが複数あります。
環境を創り、維持するには自分たちで管理するのが一番。
リスクはありますが、使いたいときに使える、使いたいように変更できる、これがマストです。
そして録り方。
僕はゲーム関係では通例の「ピン録り」(※一人ずつ別々に収録すること)を極力避けます。
素材(キャスト)の化学反応を活かしたいからです。
掛け合いを重要視します。
予定が合えば、一言二言でも同録をお願いします。
息があった「掛け合い」は演出家を単なる観客にしてしまうような奇跡を起こしたりします。
同時に掛け合いの際の素材(キャスト)のの「声質」もあらかじめ、「ハモる」ように声質を考慮して人選しておきます。
最後に現場の雰囲気です。
勿論、緊張感や集中力は必要です。
ですが、僕は常に和やかでいて、物創りに純粋な「現場」創りを目指しています。
声優さん達も人間です。
テンションが低い時も、体調が優れない時もあります。
「声」は人の内面を映し出すものです。
そういった「現場の空気」をうまく制御するのが僕の仕事、演出の仕事です。
いいキャスティングが決まれば、やることと云えばこれくらいになります。
「生きた素材(キャスト)」と仕事をする、演出するということは、このデジタル時代においても、いかに彼らの生の素材を引き出すかが勝負なのです。
「生きた声優さん達の発する、瞬間のエネルギーを、スタジオという閉鎖空間(現場)で、如何に引き出し、化学反応させるか?」
その精緻で綿密なる事前の仕込み、それが音声収録の全てです。