音楽という媒体を使ったアート活動をされていたイギリス出身のDAVID BOWIE。

その昔
京都に長期滞在していた時期があり

酒の席で出会った大学助教授に
制作中の曲を聴かせ
コノ曲を日本語で歌いたいと協力を要請したそう。

日本を気に入ったのか
日本語の響きが気に入ったのか
定かではないが
おそらく
海外ミュージシャンが
日本語を歌詞にして
世界的に発表されるのは
彼が最初なんじゃないのかな??
(他にいたらスミマセン)
(お時間あれば聴いてみてください)
結局は
助教授の意見により
自分で歌うことを断念し
日本人女性にナレーションとして入れて貰うわけですが。
これが
1980年。
そして
20年の時を経て
またもやイギリス出身のミュージシャンが

日本語を取り入れた楽曲を発表する。
(お時間あれば聴いてみてください)
で
こんな長々と書いて
何が言いたいか??
違和感です。
やはり
言葉には
その国の文化がかなり詰まっているモノで
英語圏内の方が扱うモノに
日本語を当てはめても
シックリいかないのです。
きっと
日本で売れている歌に
英語歌詞を上手そうに当てはめていても
英語圏の方が聴くと
同じような思いになるはずです。
これも
言葉やカルチャー感における
「餅は餅屋」の世界かもですね。
そういう考えって
ジャンルは違えど
なんとなくワタクシの生業の世界にも
通じるモノがあると思うわけです。
もし
両方の曲を聴いた方がいらっしゃいましたら
ご意見をお伺いしてみたいモノです。
では、また。