AIやSNSが普及すればするほど
日本の雑誌文化が恋しくなる📕

以前 出版社でよく仕事をしていたのですが
そこは山岡士郎みたいな人が
たくさんいる世界でした😆

いつも締め切りに追われているのに
どこかマイペースで
最後には なんとかしてしまう

出社時間も退勤時間も
あってないようなものだった

「大人って こんな感じでいいんだぁ✨」

そう思って安心したのが懐かしい

今になって思うと
あの場所に溢れていたのは
情報ではなく 人間の熱だったのだと思う

AIは「残り時間」を
生きていない

いま話題のAIも
物理的には処理時間の中にいる

けれど 人間のように
「残り時間」を生きてはいない

老いることもなければ
取り返せなかった青春もない

昨日を悔やみ
明日を恐れ
「今しかない」と焦ることもない

人間は時間という
檻の中にいる

人間は
時間という檻の中に閉じ込められている

いつか終わる
若さを失う
間に合わないかもしれない
過ぎた時間は二度と戻らない

その圧力に圧縮されることで

・焦り
・執着
・愛情
・怒り
・創作衝動

さまざまな感情が
熱として生まれる

限られているから
選ぶことに重さが生まれる

AIは時間を横断して
過去の膨大な情報を瞬時に扱える

でも人間に与えられているのは

・たった一つの時代
・たった一つの身体
・限られた時間

それだけだ

だから人間が
「これが好きだ」と選ぶことには
重さが生まれる

その選択に
自分の時間の一部が使われているからだ

人間は熱を「意味」と呼ぶ

宇宙から見れば
そんなことに意味なんてないのかもしれない

けれど人間は
終わりがあるから 勝手に意味を作る

意味があるから
熱が生まれるのではない

時間に閉じ込められるから
熱が生まれる

そして僕たちは
その熱を「意味」と呼んでいるのだと思う

雑誌が届けてきたもの

AIが無限の情報を生成する時代に
改めて考える

雑誌が届けてきたのは
本当に情報量だったのだろうか

限られた時間を使って
記者が何かを見つけ
実際に会いに行き
迷いながらも「これを伝えたい」と選ぶ

雑誌は
その人間が費やした時間ごと
記事にしてきたのではないだろうか

誰かが

自分の命の一部を使って

確かめた情報

その熱が 好奇心になり
物語になり 文化になり
誰かの人生を少しだけ動かしていく

雑誌が届けてきたのは
無限に生成できる情報ではない

一人の人間が

人生の一部を使い

放った熱だ🔥