昔から僕の作品を見てくれている友達に
「何かお礼に 暑中見舞いの絵葉書を描いて送るよ!✉️」
と約束した
絵葉書なら そんなに大げさなものでもない
気軽に描いて 気軽に送りたいな〜
……と思っていたのだけど あれから数ヶ月が経っている
ちょっと描いては筆が止まり
また少し描いては ほかのことが気になる
そうしているうちに 作品を何ヶ月も置いてしまった
なんだか メンタル的に厳しいと筆が進まない💦
ここ2年くらい 自分がやるべきことのために
今までのキャリアから少し離れたいともがいてきた
もちろん 絵を仕事にできて
作家としてスタートできたことはありがたい🙏
でも 長く続けていると
作品の思い出まで 数字や売上と結びつくようになってしまった
これはいくらになった
何人に見られた
どんな仕事につながった
気がつけば 絵を描くことと
その作業がいくらになるのかが 近づきすぎていた
作品じゃなくなった
それを一度 やめたかった
近所の友達に「こんなの描いたよ」と見せたくなる作品
見せた相手と一緒に ただ楽しく笑える作品
そういうものを もう一度描きたいと思った
ところが「仕事として描く」という習慣は
思っていた以上に 身体にこびりついていた
常識や「あたりまえ」って恐ろしい😨
思い切って いろいろなものを捨ててみた
描くことのありがたさや楽しさに
少しずつ向き合えるようにはなった
その一方で 今の社会で生きるための
「最低限やらなければいけないこと」からも外れてしまって
えらく苦しくなった
描きたい
でも ほかにもやらなければいけないことがある
やらなければいけないことを考えると 描けなくなる
描けないと 何も残らない時間だけが過ぎていく
この葛藤は なかなか手強い💦
それでも今回 アメリカの友達が
「また一緒に何かやろうよ」と言ってくれた🇺🇸
日本でも 昔の僕を知っている人たちが
いろいろな言葉をかけてくれた
そんな友達のおかげで
自分が本当にやりたかったことへ
少しずつ戻らせてもらっている
もっと自然に
自分ができること
自分がやりたいこと
自分がやらなければいけないこと
その全部が 少しずつ重なり
近づいていくのが理想だ
苦しくても 目指している場所には
やっぱり目指さなければ到達できない
その途中では 世間の常識から外れることも起きる
だから僕も 常識の外側で
なんやかんや苦しんでいる😅
それでも とにかく少しずつ絵は進めている✏️
今回 助けてもらったのは友達だけではない
20年以上前の 自分の絵にも助けてもらった
昔の作品を見返すと ものすごく自由に描いている
誰にも頼まれていないし 誰にも期待されていない
だから 純粋な創作だと感じる
というより
自由に発想することに慣れている
今の僕にはない発想というより
今の僕が忘れてしまっていた
「発想のしなり」が そこにあった
これまで僕は 過去の作品と今の自分を比べて
ずっと戦ってきた
「昔のほうがよかったんじゃないか」
「前に描いたものを超えられるのか」
過去の自分を
ずっとライバルか何かのように考えていた
「過去の自分が 今の自分を作っている」
という言葉がある
でも今回 それとは少し違う気がした
作品を作ることは
基本的には 過去の自分との戦いなのかもしれない
けれど そのゴーストと戦うのをやめたとき
ようやく今の自分のグレードが
上がっていくのかもしれない
昔はライバルだった過去の自分が
今は助けに来てくれている
そんな感じがする
では 今の僕はもう枯れてしまったのか?🍂
そう思いながら描き始めたのだけど
少し進んでくると これがまた楽しくなってきた
「おっ なかなかいいじゃん!」
と 久しぶりに自分の絵を見て
ひとりで喜んでいる😆
自己満足だけど それがいい
むしろ まずは自己満足できなければ
友達にも見せられない
ストーンコールドのスタナーをくらった
ビンス・マクマホンのリアクション いいよね!
みたいな話を
何もわからない人たちに聞かせる感じでいい😂
この絵葉書が最終的にどうなるのか
まだ僕にもわからない
でも 仕上げます💪🎨
年賀状にならないように頑張ります 😂🎍
