小説・「決意」⑥ 発信の件 | 失語症作家 小島恒夫のリハビリ・ノート!!

失語症作家 小島恒夫のリハビリ・ノート!!

自ら作家と名乗る人間にろくな者はいないでしょう,他の方はともかく。私は2000年、脳出血を患い失語症になりました。そしてリハビリの一環として文章書きをしています、作家のように――。
何はともかく、よろしく!  (1941年生まれで、現在・80歳になる単なるじじい)

 

 

 

2020年4月3日(金) 発信

 

世間は、コロナ騒ぎで大変な時期に、こんなバカバカしい恋愛小説(正確には恋愛を題材にした、小説)、を発信してどうするんだ‼ と、思いますが、それはそれ、取り合えず読んで下さい。

 

 

決意 ⑥

 

 

 だが正樹は途中から、自分の立場がオーバーラップし混濁した。

 

 ――俺も営業は無理じゃないのか。無駄な時間を過ごしているのではないか。

 

 すると沙紀の言葉が、覆いかぶさるように頭に浮かんでくる。

 

 ――駄目よ、そんな弱気! せっかく入った会社ですもの。

 ――正樹、誤解しないで聞いて欲しいんだけど、それは間違っているわよ。駄目だ、駄目だと言っていると、本当に駄目になっちゃうものね。それに一人で悩むのは止めてちょうだい、一緒に考えようよ。

 

 

「でも専務さんは驚いたらしいわよ。茂木さんがまるで、ホームレスのように座っていたんですもの」

「…………」

「さすがに枯葉を拾っていなかったらしいけどね」

「…………」

「世の中、そんなに甘くないのね」

「…………」

「それに同情も限度があるしね」

「…………」

「ねえマーちゃん、聞いているの⁉」

 

 突然母親の声のトーンが変わった。正樹が下を向いて黙っているのを、とぼけていると取らえたのか怖い顔でにらんだ。

 

「何よ、その態度。最近のあんたはおかしいわ。二言目にはうるさい、うるさいと怒鳴るけど、あんたこそうるさいんじゃないの。こういうことはね、他人事じゃないのよ。あなたにも関係するから言うんじゃない、解っているの⁉」

 

 久しく鳴りを潜めていた母親の怒りが始まった。物心ついたころから正樹はこのヒステリーに悩まされている。子供のころは成すすべもなく、ただただ黙っているしかなかったが、それもよくないと気づき、最近は反論するが成功したとは言い難い。

 

「分かっているよ。でも関係ないだろう、茂木さんは茂木さんで僕は僕だ」

「いーえ、そういうことではないの」

「分かったよ!」

「分かってないよ! あんたは」

 

 次のセリフも決まっている。

 

「母さんはね、あなたのことが心配だから言うのよ、マーちゃん、ちゃんと聞いて」

 

 何度も聞かされているうちに正樹は、朗読出来るほどになった。

 

「あんたも、ちょっと間違えれば茂木さんの状態になっちゃうのよ!」

 

 母親が言う話が自分と無関係とは正樹も思っていない。意味も理解できる。だが解るがゆえに反抗もしたくなる。

 

 また正樹は母親に仕事の悩みを相談したことがない。経理一途に勤めている母親に相談してもらちが明かないという思いと、沙紀と知り合った今母親との距離を感じてしまっている。子供を常に親の持ち物と考える母親と、親切とお節介の区別が付かない母親。家の会話の殆どを独占している母親。正樹は別れるつもりはないが離れたい気持ちも強い。

 

 

 そもそも正樹の両親が結婚したのは、祖父誠三の友人が持ってきた見合い話が発端だった。正樹の父親は宮城の片田舎生まれで高校を卒業すると、誠三の友人が経営する会社に入社した。

 

真面目な性格で一生懸命に働くから、友人は誠三の娘さんにどうかと口をかけてきた。そのころ正樹の母親も特別付き合っている男もなく、話はとんとん拍子に進み見合いということになった。

 

 

 当日二人は仲介者の友人が、「堅苦しく考えず、遊園地なんかへ行ったらどうだ」、と席を立つと、言われたとおりに後楽園ゆうえんちへ出かけた。父親は母親のおおらかな態度と自分にない積極さが気に入って、母親は物静かで口数が少ない態度に誠実さと勤勉さを感じ、別れるころにはすっかり打ち解けて次回のデートを約束した。

 

 しかし正樹が生まれた七年後、父親は仕事で大きなミスを犯し会社を辞めざるを得なくなった。そうなると祖父の誠三との関係もおかしくなり、所帯を持った亀有のアパートの中もぎくしゃくして、夜は飲み歩く日が多くなった。そんな中で父親はある女と出会って深い関係になり、アパートに帰らない日が多くなった。最もその前から母親のかんしゃく玉は毎日破裂していたから、離婚は時間の問題だったのかもしれない。

 

(つづく)