「 中日ドラゴンズ、CS3勝1敗へ…。そして燃える男・星野仙一が楽天監督に!! 」
2試合連続完封勝ちと読売に対して、これ以上ない勝ち方で優勝に王手を掛けたが、今日は2-3で初黒星。
0-2から好投朝井を変えた途端(原監督はペナントではクルーンで何回もぶっ壊し、今日も完璧な朝井を変える采配。テレビの前でニヤニヤしてしまった(笑) 森野・和田の連続ヒットでナゴヤドームは湧いたがブランコ(CSでのブランコはって今年のほとんどだけど、体が開いてインコース高めを攻められ、最後はアウトコースの逃げるボール球でやられるシーンが多すぎ!)のWプレーで今日はダメかなと思ったら、三瀬の好投、野本のまさかの代打同点本塁打で飛び上がったが、同点なのに岩瀬投入。そして阿部に一発を浴びた。岩瀬は…。
それでも、投手陣はしっかり抑えているので、流れは変わらない負け方だ。球団も明日もあると2億円は収入が見込めるみたいなので喜んでいるだろう。ただし油断は禁物。明日の中田でしっかり決めて欲しい!
そんなCSでドラゴンズが戦っている時に燃える男・星野仙一が楽天監督に就任が決まった。
星野監督…これが最近の人のイメージだと思うが、彼はれっきとした元中日ドラゴンズのエース。
自分が幼稚園に上がる前の年。長島茂雄が引退の年、中日ドラゴンズは読売のV10を阻止した。
自分の実家の伊豆は静岡県だけど生活圏は関東。なのでテレビは毎日読売。家族も周りも巨人ファンだった。
そんな中、巨人に立ち向かう的象徴が星野仙一だった。なんと4歳の頃から中日ファンになり幼稚園に上がる前から中日のレギュラー選手と巨人のレギュラー選手の名前を漢字で書け、周りからは「 漢字博士 」と呼ばれていた(自慢です(笑)そんな自分は今やタダの人ですが…。その頃の中日は高木、谷沢、大島、マーチン、木俣などがいた。読売に敵意むき出しで投げる星野仙一が大好きで、学校の登下校も中日の青の帽子を被って登校した。だから中日ドラゴンズ歴だけは長い。しかし小中学校の頃の中日ドラゴンズはBクラスが多く弱かった… そんな星野仙一が引退するとチームはさらに低迷期へ。
今度は星野仙一が監督として帰ってきた。すぐに落合監督を1vs4でトレードで獲得。ユニフォームをドジャースブルーに変え、近藤真一を1位で指名すると初登板ノーヒットノーランの離れ業を演じ2位に躍進。翌年は優勝!と夢を見せてくれた。乱闘あり、自分に顔が似ている郭源治がストッパーで活躍すると大学時代はよく神宮球場にも行った。一度大学の友人と新幹線でグリーン車にいる中日ドラゴンズの選手を見つけ、星野監督にサインをもらおうと迷い、何度も自動ドアを開けてしまい、意を決してもらいに行った時「 うるさいんだよ、お前ら 」と怒られた時は逆にしびれた!(その時は近藤真一にサインをもらい、宇野とゲーリーと写真を撮った。宇野はイメージそのままの選手で気さくでしゃべり好きな人だった…)
すると次は阪神タイガースの監督へ。
マジかよと思った。まあ阪神は嫌いな球団でないし、当時はあの野村監督でも勝てなかったチームだから仕方ないと割り切ったがそれでも複雑な気持ちだった。その阪神を優勝させた時はさすがだと思ったが、気持ちは離れていった。星野監督の側にはいつも島野コーチがいた。次は全日本の監督。ここではコーチに田淵、山本浩二を入れた瞬間,嫌な予感がした。仲良し内閣的なイメージがあったからだ。 その通りになった。惨敗だった…。
次は楽天の監督。
野村監督がやっていた頃の楽天は中日の次に好きなチームだった。弱い戦力をやりくりし、中日ドラゴンズをクビになった山崎武、中村ノリ、鉄平が主軸となり、小山、山岸がストッパーとして活躍し、コーチ陣も元中日の選手が多かっただからだ。今年最下位の楽天の監督になる、星野監督に似合っているなと思った。ただし、今日の日刊スポーツで「 田淵は絶対にコーチとして欲しい存在 」そのコメントを見て、ああまた仲良し人事かと冷めた。星野監督には島野コーチのように年上でしっかりモノを言える人がいいのに…。
中日ドラゴンズのファン歴も星野仙一のファン歴も長いが、自分の心の中から星野監督への冷める気持ちが見えてきている…仙台のファンに「 夢 」を見せる事ができるか?この冷めた気持ちをまた燃えさせてくれ!