精神的二次被害(民事示談において)


あいの会主催にて命の里特別講演
「精神的二次被害について」
#金融庁  【後援】
#日本損害保険協会 【ガイドブック作成内容と経緯説明】
#弁護士会【パネルディスカッションと質疑応答】
#あいの会【講演と質疑応答⠀】
保険会社の皆様また弁護士の皆様に1200人程のご参加を頂きました。

誠に多くのご参加に感謝いたします。


世の中これまでは民事は苦しむものと理解してます。

本屋では保険会社の対応策などさえ売られています。


元来の保険の役割は交通事故被害者の救済が目的です!


  自動車保険は本来救済が目的だった、今は被害者を苦しめる制度に

自動車保険は遡ること大正時代に作られ

戦後まもない昭和初期に事業者用にも保険の運用が開始その後大改定を昭和30年代にしました。

「被害者救済事業として運用が開始」


自動車事故で被害者と加害者から微々たるお金で被害者の命は軽く扱われ、道端には遺体が転がる、今では考えられませんが、そんな交通戦争の時代がありました。


  営利目的が被害者を苦しめた


やっと交通戦争を抜けた頃、被害者救済事業は少しづつ、被害者を苦しめる民事裁判や示談交渉となっていたように感じます
営利企業が追求した先には、より深い遺族や被害者の精神的二次被害を抱えながらの裁判が続いてます。
今こそ変えたい
心から願いあいの会は行動を起こしました。
金融庁への上申書の提出を2022年7月に行いました。
同日に日本損害保険協会においても、同じ意見書を持ち、私達は今の現状が打開できないかと議論をまとめたものを提出いたしました。
そして今日改めて
行動を起こしたことに意義を感じました



  保険会社

私達の家族の事案では当然被害に遭うこともありました。それはこれまでのブログにも書いたように妹の、高次脳機能障害のことに対し、「それは障害じゃなく頭がおかしいだけだ」と当時の損保会社の調査専門の方に言われた言葉でした。

※今も損保会社からは謝罪はありません 

この沈黙が続く状態は、それも良くないと思っています。何らかの謝罪を、私は妹にして欲しいと心より願ってます。


ジェスチャー付きの頭クルクルパー、どんなに当時、高次脳能障害が理解されていないとしても、本人を目の前にしてくるくるパー反応すことがそもそも人と扱われていない。

障害者差別以上に、人として会社としてこの言葉は認められるのかと思いました。


何年経っても、妹の苦しみも悲しみも怒りも消えていません、誰よりその言葉を苦しく思っているのは妹なのです。

せめてに損保会社から実際にどのような状況だったかなど連絡ひとつもあって良かったと思うのです。



  保険会社の担当者の対応

今回のYouTube配信の中でお伝えしましたが、私達は被害者側の保険会社、そして加害者側の保険会社双方とのやり取りが行なわれており、自分たちで連絡をすることがありました。


例えば医師より病院を紹介された場合、病院を新しく変えるということの申請や、また窓口での支払い有無についての連絡でした。


家計を圧迫するほど、医療費も薬代の金額、ましてそれ以外の彼らを支えるための費用もあり、しっかりと保険内で求償できる事は求めたかったからです。


驚くかもしれませんが、私は加害者側の担当者の、Nさんが丁寧に接してくれたこと、決して感情を出すことがなく、私たちに対応してくれたこと、私達が怒りや苦しみを投じ伝えた時も誠実に対応してくれました。


私は最後にその方にお礼を言いたかったと心残りです。


この事件を解決に結びつけるまでの間、私たちを支えてくれてありがとうと言いたかったんです。

私達は担当者となることで裁判終了後の事故から8年間という日々、彼は絶え間なく私達とやり取りを続けてくれた訳です。


 怒りを覚えた日もありました。

保険会社ですから、当然出来ないこともあって仕方ないと思います。ですが、それ以上に私たちの中で出来ないこと、本来ありえないことを目の前にして私達が怒りを発する場所すらない。


 そのような状況下において、まずは適切に答えてくれたことは、私はその言葉を書面にしてほしいと言ったことに対して、しっかりと法律をもとにこのようなことが社内や国の法律で認められていますなどの説明。

法律を分かりやすく解釈したものを送付していただいたこと、大変ありがたく思っております。


8年間どんな思いで私達に関わってくれたんだろうと改めて私は聞いてみたい思います。


きっと私のことは鬼のような被害者遺族だと思っていると思います。

私はそんな態度しかとじできませんでしたし、家族を守ることに必死でした。


当然、私たちの気持ちがわかりますかと答えた時、彼は「当然気持ちは、分かることではないと思いますが、この状況を理解はしています」と事実を述べてくれたのです。


犯罪被害者となり、よく知っているとか、よく分かりますよなどの軽い共感を言うことはできても、事実のみを繰り返して伝えた、彼は窓口対応のスペシャリストと言っても、私は過言でもないと思っています。


ですから、

私たちはただ加害者側保険会社に対して怒りを持ってるだけではなく、良い面も見てきたと思っています。


彼と出会ってなければ理解できぬほどの苦しみを味わうだけの会社になっていたと思います。


彼がいたからこそ私たちはとどめられた感情があったと思うのです。

この場にて

Nさんに心より感謝を致します。


  加害者側保険会社の実情

保険会社の社員の皆様は、一人一人担当者に対しての抱えきれないほど顧客がついており、仕事がままならない、または、心が折れそうになるほどの仕事量の損保会社もあるようです。


心優しく真面目な方ならどんな、被害者や遺族に対して損保会社としての限度があることも説明をしなくてはならず、苦しい思いをされているのではないかと思います。


被害者や加害者だけではなく、塾によっての破損部位を治すための物損への対応が非常に多く、一人で抱えきれないことを上司に相談しても「さっさと仕事を終わらせろ」や「心情は捨てろ仕事だ仕事!」これは実際に聞いた言葉です。


 精一杯に向き合ってくださっている多くの損保窓口の方がいるからこそ、私達被害者も当然加害者もですが、助けられているのではないかと思います。そこで今回の勉強会での話の中では、会社の中での効率化や相談対応の仕組みについて検討してほしいということもお伝えしました。


  保険会社の代理弁護士

本来雇った弁護士を変えることはなかなかできないと聞きます。


例えば、きっと刑事事件を起こすようなことでもなければ、弁護士を変えるということは大変難しいことなのだと思います。


ですが、私も松永もそれ以外のあいの会の会員が経験したように、決して弁護士は私たちに向けて理解のある対応をしたとは言えません。


 これを多くの被害者や遺族が経験してます。民事裁判の書面において、自殺を考えるほど苦しめられるのです。我が家も同じでした。


ならば本当に損保会社の看板を背負った弁護士は、その弁護士で良いのか改めて考えてほしいのです。


確かに仕事はできるかもしれない、人を傷つけて気落とせば、被害者や遺族は大人しくなると思うのかもしれません。


これこそまさしく精神的二次被害なのです。

この状況を防ぐには、そもそもの弁護士と依頼者である損保会社が対等な関係にしなければならないのではないかと思います。


そのためにどうしたらいいのかは私たち自身もわかりません。


保険会社の方がどんなに丁寧であっても、弁護士がすべて台無しにして、人を殺す言葉として本来、侮辱や誹謗中傷にあたるような言葉を意見書にまとめるのです。


そして裁判書はそれを受け取り裁判は続くのです。


  意見書と裁判所の関係

裁判所がその文言について認めるなどではなく、その意見書を被害者側に提出する事を許す、それは中間に立った裁判所として、人権や法の平等のもとに、適切な対処としているとは思えません。


裁判所が本来、法の下の平等に間に立つことにより、それぞれの意見分を言うこと自体を否定しているのではないです。

侮辱や誹謗中傷、または適切ではない言葉に対してストップをかけられるのはむしろ裁判所だけなのかもしれません。


  最後に

 私たちの取り組みが来年度どうなるかはわかりませんですが、少なくとも保険会社の方全てを否定しているのではなく、一部の理解のない方が被害者を傷つけている、精神的二次被害を与えているという現状を理解をしていただけるように、今後も活動を続けていきたいと思っております。