私のライブにいらしてくださった方は、私の中学高校がとっても厳しくて、毎日悲しくてしかたがなかった・・・という話しを覚えていらっしゃる方もいると思います
毎日泣き暮らしていたので、この世界から悲しみが無くなったらいいのに・・という想いをこめて創った曲がNatiaなのはご存知の方も多いと思います![]()
私は子供の頃、父の仕事の都合で、日本を転々としていました
中学高校の、転校を繰り返すのは大変だろうと、両親の出身地である、浜松の中学に行くことになったのです
私は、小学生時代に住んでいた、千葉の船橋から、浜松の学校を受験しました(他県から受験するのは私の母校では、とてもレアなケースです)
その学校は、中高一貫教育の女子校で、私の祖母や母が通っていた学校でした。
大好きな祖母が通っていた学校ですから!憧れがありました。![]()
私の従姉妹達も後に、全員その学校を卒業しまして、現在も通っている従姉妹がいます(従姉妹の中では私が1番年上です)
入学試験のとき、初めてその学校に足を踏み入れた時、池や綺麗に整備された庭、校舎は無機質な建築ではなく、ところどころにアーチが使われていて、何て良い環境なんだろう![]()
と思いました
無事に合格して、嬉しさもつかの間、学校が始まると3日で嫌になってしまいました![]()
私はもともと自由の国の住人です![]()
自転車に乗るときはヘルメットをかぶらなければならない(ありえないでしょ!)![]()
髪を縛るゴムの太さや、色が決まっている![]()
整髪料は使ってはいけない![]()
傘の色は黒か、濃紺かこげ茶か濃緑(ジジイかよ!)
でもこれは、暗闇では危ないと言うことで、これらの色の薄い色ならOKと、数年後変わりましたが・・
中学生は、学生同士で土日に食事をする時は決められた店で食べないといけない・・(浜松駅にあるデパートの上とかね)![]()
浜松の繁華街は、浜松しかなくて・・東京だと、新宿、渋谷、銀座・・といっぱいあるでしょ!
土日には街中に、先生方が張っているのです(今思えば先生はとても大変ですよね)
とても窮屈に感じていたので、夏休みなどの長期休みや、都内に行く用事があるときは、父が住んでいた千葉や東京に滞在して、小学校時代のお友達と原宿へ行ったりして、羽をのばしていました
唯一私が生きている実感を感じられたのは、そういう時間や、音楽を聴いているときでした
あとは生きていても死んでいるような日々・・・
規則に縛られた私は、心も縛られてしまったようでした
学校の名前も聞きたくない、聞かれたくない、思い出したくもない、一生あそこに足を踏み入れることはない
そう思っていました
でも、ここ浜松にいて、な~んか、自分の母校の学園祭に行った方がいいのではないか・・と、思って調べたら
昨日(10月1日)と今日(10月2日)だったんです
従姉妹が演劇部で頑張っているので、それを見てくるだけでもいいじゃない?という気持ちで、昨日行ってきました
15年ぶりに足を踏み入れました・・・。![]()
足を踏み入れた瞬間、小学生の時、入試で初めて学校を訪れた時と同じ感覚におちいりました。![]()
良い学校でした(笑)
特にご縁のあった先生方3人(中学1年から3年間担任だった先生、オーケストラクラブで中高6年間お世話になった先生、高校2,3年の担任の先生)にも偶然お会いして、覚えていてくださったので、何だかそれも嬉しく、先生方の記憶力に驚嘆しました・・
心にあった、くら~く、おも~い物が溶けて行ったようです
言葉では書ききれない位、本当にずっとずっと、苦しんでいました
私の人生の中で、とてつもなく大きな影だったのです
それが、向き合うことによって、自分があの場所にいたことを、ちゃんと受け止められたのだと思います
これだけ年月が経ったから、向き合えたのかもしれませんね![]()
この経験を生かして、同じように苦しんでいる方が、その苦しみから抜けられるような、そのお手伝いが出来るような、曲をかきたいと今、感じています![]()