甘えは己の行く手を絶つ。
本当に子供を愛しているならば、甘やかす事を愛と勘違いしてはいけない。
甘やかされた人間は、一生それで許されるものではないゆえに。
必ず甘えの代償がある。
甘える対象を失う事もあるのだ。
最近の親は子供の苦しむ姿を見たくないゆえに手を貸す。
しかしたとえ自分の子供であろうともある程度の年齢になれば自分で乗り越えなくてはならない事がある。
そのための智恵を教える事はできても、乗り越えるのは子供自身である。
いつまでも親の下で守られるものではない。
多くの親が子供よりも先に亡くなる。
親は、自分たちが生きているうちは手を貸すことが出来ても、亡くなってしまっては何も出来ない。
ゆえに子供は自立を目指し、また親は自立を見守る。

子供には子供の世界がある。
子供の世界に大人が土足で踏み込んでいては、子供はいつまでも精神的に強くなれない。
守ってくれる親がいなくなれば、誰も守ってくれない。
守られない子供は、たとえ肉体的には大人でも、精神は弱いままであるゆえに、いつか潰れる。
その時また自分を支えてくれる人間を探すのか。
そうやって一生を過ごすのも、その人が選んだのであれば構わない。
しかしいずれ依存だけでは乗り越えられない壁に出会う。

親の立場からすれば、少なからず子供に望むものがあるかもしれない。
親の考える幸せと子供の感じる幸せは違う。
自分の思いを子供に押し付ける事がどれだけ意味があるのだろうか。
自分ができなかった事を子供に託す事がどれだけの歪を生むだろうか。
親と子供の関係を今一度考えていくしかない。
国や社会の役割ではなく、家庭の中での問題である。
家庭がおかしくなれば、その家庭の集合体である社会もおかしくなる。
ゆえに目を向けるべきは家庭である。