魂とは、己だけの神である。

 

誰もが魂を持つが、その姿形が見えないゆえに信じられない。

 

見えない、聞こえない、触れられないその存在を『ある』と信じて己の中で確立させた時、それは『ある』になる。

 

無から有を生じるのだ。

 

初めは自分に思い込ませるしかない。

 

信じて、信じて、信じきって、疑わない己であるならば、その存在を確信できる。

 

魂は、心や明日と同じように、己が『ある』と認識しなければないも同じ。

 

ないも同じではあるが、魂の発する警告や啓示は、その存在を知らずともある。

 

あるが、それをただの夢だとか偶然だとか運が悪いなどで片付けているにすぎない。


あなたは知っていますか。

 

人間はただ喰うにあらず。

 

人間はただ生きるにあらず。

 

これは人間が何かを成さねばならない事を知っているゆえにある言葉。

 

ただその『何か』を知らないだけなのだ。


知らないという事がどれほど怖い事なのかを、知らない人間はその怖ささえ知らない。

 

知っている者はその怖さを知っている。

 

無知は決して恥ずかしい事ではない。

 

しかし知ろうとしない事は恥ずべき事なのだ。

 

何事にも探究心を持っていくこと、それが己を救う事にもなれば、己を大きくする事にもなる。

 

時は過ぎる。否応なく、その時の流れに流される。

 

何かを成そうとも、何も成さなくとも、万人に平等にあるのが時間。

 

己の存在を造るチャンスを時間は与えてくれる。

 

限られた時の中で、自分という存在をどう創り上げていくのか。

 

誰もが考えなくてはならない、知らなければならない事。

 

魂は願う、真のあなたを知る事を。

 

それは明日でも明後日でもなく、今日。

 

今のこの瞬間から向き合うべき真実である。