魂の存在を伝えていると、その人間の魂は、存在を確信させるために不思議な現象を見せてくれる事がある。
身体の痛みを取ったり、呼吸が楽になったり、その現象は様々であるが、知ろうとする人間に現実として見せてくれるのだ。
しかし人間はそれでも信じられなくなる。
あれは偶然だとか、自分は騙されていると考える。
たった一つ、自分の魂の存在を信じるという事が難しいのだ。
もちろん信じて疑わない人もいる。
その素直さはすごい事だが、一般の人はその素直さを認めない。
自分ができない事をできる人間を認められないのが一般の人。
自分ができない事をできる人間を見て、自分もできると考えられる人間は伸びていく。
自分の枠をいかにして壊していくのか、壊すという事に不安を抱くのは、信じるものがないから。
信じるものがあろうとなかろうと、先が見える人間はいない。
先が見えないから不安になるのは、信じられないからだ。
その先に何があろうと、自分が大きくなると信じていくのであれば不安はない。
不安は誰もが抱き、それを払拭できるものを誰もが持たない。
不安から更に不安を抱き、八方塞ぐのが人間。
人間の意識とは、不安や恐怖を形にする。
結果、自分が創り上げた世界で溺れる。

先は誰にも判らない。
判らないから何もしないのであれば、可能性すらも失う。
誰もが可能性を持つ。
誰もが平等に権利を持っているのに、それを放棄している。
自分はできる、と思わせてくれる存在、つまりは己の中から湧き出る意志(魂)を信じていく事が一番。
先の見えない道を照らすのは、他人ではなく自分である。