自分の魂を完成させるためには、その時代に見合った自分を生かすこと。
そのためにも無限の力(捉えようのない力・見えない力)を有限の力(見える力)にしなくてはならない。
たとえば、相手を感動させる事。
感動させる力は見えないが、相手が感動する姿として見えるものとなる。
それには磨かなくてはならない。
日々経験を重ねなくてはならない。
どんなに素晴らしい魂を持っていたとしても、それを人が判らなければ意味はない。
正に「絵に描いた餅」となってしまう。
魂は絵に描いた餅で我慢するほど甘くはない。
必死に人間に気付いてもらおう、完成するために人間に動いて欲しいと発動する。
いつ発動するのか。
それは魂によるが、真実・真理を知った時、ある程度年齢を重ねた時、否応なく動き始める。
もちろん幼い頃から発動する場合もある。
素直でない、謙虚でない、感謝を持てない人間は、有限の力を持てない。
そして無限で終わる。(つまりは何もないまま終わるという事)
これは他人を見て学ぶ事。
人のフリ見て我がフリ直せ、正に他人を見て「素直でない=こういう結果になる」という事を教えてもらうのだ。
人間の意識を魂の中に入れる事。
人間が一体化しようと努力しなければ魂から近づく事はない。
絵に描いた餅で終わるのか、その餅を現実に手に取る事が出来るのか、その決断はあなた次第。
手に取る方法を知りたければ、学ぶしかない。
学び方が判らなければ聞くしかない。
誰も何も言わない・しない人間に教える事はない。
ゆえに自分から飛び込むのだ。