私の両親は既に他界しています。
母は30年前父は10年前ですが、
二人とも最期は気管挿管されて言葉を交わすことも出来きず亡くなりました。

母は体調がおかしいと受診して3ヶ月程で最期は全身管に繋がれたまま、父は消化器の手術をしたあと一年間ほぼ食事も摂れず寝たきりのままでした。

こんな経験もあり、自分がもし大きな病気になってもそれが自分の寿命と受け止め、過剰な医療行為はしてもらわずそのまま逝きたい…とある種人生を投げたような考えを持っていました。

今回骨髄穿刺をして再生不良性貧血の可能性が高まったと分かった後、職場の同僚に
「もし重症でもATG療法のようなきつい治療は自分は体力も無いししなくていいかなぁと思ってる」
「子供も二人とももう社会に出て、長女は結婚して守ってくれる人もいるし、弟もなんとかなるでしょうウインク」と話した。

その同僚は私より7歳程年上で小学生のお孫さんもいる方ですが、
「結婚してからも娘にとって母親の存在は大事だよ。
子育ての事。
夫婦間の事。
何も言わないで帰ってくることもある。
何かあったんだなぁとは思っても何も聞かないけど。
何もしてくれなくても母親はそこにいてくれるだけで良いんだよ。
お母さんが居ないつらさは貴方が一番良く分かってるでしょう」


『うん…つらかった……つらかったよ…』

私は自分の事しか考えてなかった

自分が両親のようになりたくなかったから

彼女の言葉が心に染みた

人前でこんなに泣いたのは初めてだった

始業前なのに涙が止まらなかった…

「うん、そうだね……

もしきつい治療になっても頑張るよ

子供達の為に元気になるよ」

この後ネオーラルでの治療が決まった。

でももし
今後数値が悪化して入院治療が必要になったとしても
受け入れる覚悟はしようと思っている。