負け方の美学 7 | 古材屋の温故知新

負け方の美学 7

人生で初めて味わう貧乏生活となりました。「仕事がない=収入がない」のです。
やることがあればいいのですが、「古材の仕事」なんか「市場そのものが無い」
のですから・・・ここから壮絶な「市場創造」がスタートしました。

それを救ってくれたのが妻でした。
妻が「風水で家づくりを考えたらどうか?」と飛び込みで「東京のDr.コパ先生」
のところへ行きました。そこで偶然に「愛媛出身の先生の秘書」の方にお話
出来て、先生と深い話ができたんです。「風水でビジネスチャンスを!」

Dr.コパ先生と妻は話を続けました。「風水の鏡をいっしょに造りたい」と
私は材木屋で家具屋さんでは有りません。私は「怪しいからやめたら?」と
考えてあまりこの話を本気で聞いていなかったんです。しかし度重なる
妻の説得で「まあ仕事も無いし鏡でも作ってみるか!」と協力工場を探し
始めました。愛媛だけでなく、大川・広島・徳島・浜松・金沢・・家具の仕事
は未経験でしたから「古材の話」のついでに廻りました。そして半年
Dr.コパ先生が銀座に「風水ショップ=銀座115」をオープンするのに
合わせて【風水の鏡】を制作し納品させて頂きました。
最初の納品は300枚でした。

これには苦労しました。仕事がなかったから出来たことです。
妻と川上君(現・住まい教育推進協会副理事長)と3人で、ガラスマイペット
で磨いて、気泡緩衝材(通称プチプチ)で巻いて、箱詰めを2晩して
やっと出荷しました。初めてのことで苦労しました。

「銀座115」のオープンの日。私はお手伝いでお伺いしました。
見ていると「鏡が飛ぶように売れる」んです。1台5万円以上もする
鏡がオープンの1週間で売れてしまいました。売り上げ金額にすると
1500万円です。またすぐに注文を頂きました。

しかし、これは私には苦痛でしかなかったんです。
仕入れ原価と銀座115への販売価格の差、すなわち利益は500円しか
なかったんです。ですから私達は自分で梱包から出荷せざる得なかった。
また「徹夜して梱包」です。私は「古材屋になるのではなかったのか?」
自問自答の中、鏡を再注文してその出来上がりを待ちました。

鏡が300枚到着。そしてまた苦痛の徹夜の梱包が始まるはずでした。
梱包を始めた頃請求金額を見ると大きくその額が下がっているのです。
「型を作ってあるのでこれからの価格は以前より下がりますよ」と

そんなことも知らなかった・・・型があれば安いんだ。

2回目の300枚の納品の徹夜は楽しかった。これで大きな利益を得ることが
出来ました。鏡・本棚・机など・・・「銀座115風水家具」の制作で
毎月大きな利益をあげることに成功したのです。収入が無い時に「妻の提案」
がきき掛けで生き延びることができました。借金の返済で決して楽では
無かったですが、私は妻のおかげで「古材の夢」を諦めることなく
追うことができたのです。