熊本・阿蘇。

内牧での3日間。


不思議な感覚を覚えました。


「火の山まつり」でのパフォーマンスで、

ある文字が、ボクを不思議な感覚に誘ってくれました。


何度もお名前を出している“松谷さん”ですが、

彼の書斎というか、部屋の至るところに「本」があります。

たくさんある「本」のなかで・・


二冊の本と“ご縁”がありました。


ボクは「本」については、“ご縁”があると思います。。。。


先ず着いた19日の夜・・

『内在神』(著者:伊勢白山道さん)に出会いました。



著者の伊勢白山道さんは、「2ちゃんねる」でも有名になり、

ブログでも(アメブロではありませんが・・)上位に位置される方なので

ご存知の方も多いと思います。


久しぶりに、

むさぼる様に読破しました。

そして、何度か同じページを繰り返し読ませていただきました。



「生かしていただいて、

  ありがとう御座います。」


イイコトバです。

その日から、実践するようにしました。


「本」の中身については割愛させていただきますが・・

今回の3日間は、常に読破した後も身の傍に置き、

色んなページを読み返すほどでした。


二日目のパフォーマンスのときは、

テーブルの傍らに置いていたほどです。



すると・・・・・・

“ある方”の「遊書」を即興パフォーマンスさせていただいたとき、


“カラダ”というフレーズが浮かび・・・・書かせて頂きました。


ボクは今までなら、「身体」か「体」と書きます。

絶対、そう書く自信があります。


しかし・・・そのとき



“からだ”と、ひらがなで書きました。


いつもとは違う表現に“違和感”すら覚えるものでした。

なんで?





「魂」と「肉体」・・・・・


「魂」が抜けると・・・「空(から)だ」・・・・


だから?

だから・・・・・・からだ。




“内在神”の影響でしょうか?



「松谷さん、実はですね・・

 今日ヘンな感覚がありまして。。。


 “カラダ”を“からだ”ってひらがなで書いたんです。


 違和感あって・・(書きながら・・)空(から)だ・・ですよね。」


そう焼酎を飲みながら話していると・・・



「“ダカラ”って言った人もいましたよ」

へ?

ダカラ?


と渡された本が・・・



字遊人??

田島慎一さんという。。。


熊本県の方で、グラフィックデザイナーであり、

テコンドーの師範であり、

遊書家である。


興味深い人・・・・




肺ガンで死を意識しながら、


竹富島へと旅に出た田島さん。


「はじめは恐る恐る・・でも最後は赤ん坊のように・・友に身を委ねた」


旅を支えてくれた人々に贈るために書き始め、


失明によって断絶された自筆原稿の存在が始まりだそうで、

ひとりで歩くことすらできなくなっても尚、

「生きる」という普遍的な問いを優しく強烈に発信する本でした。


家族。


仲間。


友。



「生きる」



「感謝」




・・・・この田島慎一さんという「遊書家」の死。


身勝手な解釈かもしれませんが、

存在したこと、

今も行き続ける作品、

仲間の方々の“想い”。

・・・触れるコトができたようで。

ボクには

“はじまり”に感じて。。。



コトバにできない。。。。