病院ICUの隣に位置する畳の部屋は
10畳程だろうか!?



総合病院の中に畳の部屋がある事をその日初めて知った。



入って左側の壁にもたれかかるように息子と座った。


一番奥の右側の角に、会社帰りと思われる中年の男性が、独り…。



ポツン…・・・
っとあぐらをかいて文庫本を読んでいた。



緊急患者に付き添って来たとも思えない。



ちっともソワソワした感じがしないからだ。



全く顔を上げず…じっと文庫本を開いたまま何時間も動こうとしない。



この男性は何のために
ここにいるのか?
不思議だった。



『お腹すいた?』


息子に尋ねると黙って首を横に振った。



この子は賢い。
母がお金を持って来ていない事を知っている。



幼子の頃から、決して駄々をこねたり、困らせる事はしない子どもだった。




(※次男が産まれたのは
平成5年4月6日。



我が家から少しあしくと
電車通りがあり、その道は両側に大層立派な太い樹の

桜並木がずっと続いている。


その年は桜が咲くのが遅い年だったようで



隣駅のレディースクリニックで分娩して入院



出産した次男を抱いて退院した日は



その桜並木が満開であった。



満開の桜を愛でながら無事に産まれた我が子を抱いて

桜のトンネルを車で通過した時

妙に華やいだ気持ちになった事を思い出した。



次男の名前は、何日もなかった。

長男は[赤ちゃんの]

『あ か』

と名無しの弟を呼んで可愛がっていた。)




沈黙の時が流れ…


やがて
主人が無言で入って来た。


長男の隣に腰を降ろすと息子に何か話しかけた。



主人は猛烈に2人の息子を溺愛し、息子たちも猛烈に父親が好きだった。



これ程父と息子が仲良し過ぎる家庭も珍しいのではないか!?



…とさえ思える程だった。


ダブルベッドで
親亀+小亀+孫亀状態で男3人で寝ていた。



息子2人は、それぞれ中学を卒業するまで

父にべったりと離れなかった。)




父が来て、息子は相当
安堵しただろう。



主人の到着と共に、
私は事の流れを話した。



こういった状況の時…
っと云うか、いつでも


私の
話しに対して一切の相づちも質問もしない…。



一方的に話しかけて…
それに対しての言葉は受けとれない。

それが日常…。


一通りの話しを終えると



あの
「スイカの縞模様」
とそっくりの



白い蛍光灯の下に浮かび上がった


奇妙なレントゲンを思い出した。



あの時、私は幻を見たのだろうか!?




しばらくして
文庫本を読んでいた男性が


初めて顔を上げて、私たちに話しかけた…。



「頑張って下さい!

自分は、高校生の息子がバイクで事故って意識不明でICUに入ったまま

3ヶ月毎日こうして通って来ている…。



私は、この父親の話しに衝撃を受けた!。


毎日ICUに見舞いに来て、様子を見るだけでなく


身動き1つしなくなった息子の側に居てやりたい…と

何時間もこうしてICUの隣の部屋の片隅で
文庫本を読んで息子と共に時を重ねている…。




こんな気の毒な日々を過ごしている人が存在している事に

強く胸を打たれた!」



励ましの言葉を掛けてくれ…


また首を落とし文庫本に目を通して


男性は帰って行った。



(※私は、この父親に一言も返事が出来なかった

この時の事を
現在でも後悔している。)



男性が帰った後

主人が私の肩を抱こうとしてか!?…

引き寄せようとした。


そんな仕草を見せたのは、結婚後、初めてだった。


思ってもみない事に驚いて
私は、それと反対側に身体を反らした。



その後、主人が私にパーを差し伸べた事も

肩を寄せようとした事も生涯なかった。




義父母と義妹が到着した。

星空外はとっくに真っ暗になっていたのだった。




つづくダウン



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