通信制への転校という転機
チャレンジ精神を持ちたい
まずは自己紹介しようと思います
名前:こゆき
年齢:高校1年生
得意なこと:人と話すこと、ルーティーン化
好きなもの:アイドル全般、ドラえもん、野球やサッカー観戦、ラーメン
苦手なこと:絵を描くこと、美的センスが必要なこと
得意教科:英語
MBTI:ESFJ(領事官)
こんな感じなので、特にめっちゃ勉強が得意とか好きな訳でもなく。なんとなくそれなりに勉強して、友達と一緒にわいわい過ごして、将来もなんとなく安定した仕事について、なんとなくお金で好きなことして生きていくのかなと。
確かにそういう人生も楽しいだろうと思います。ただ、1番怖いなと思ったのは、それで満足してしまう自分自身です。
大きなことも成し遂げずに、挑戦すらせずに安全圏でただわいわい過ごす。それでも私多分楽しいんですよ。そうなってしまうであろう自分が1番怖かったんです。
だからこうやって大きい志を持って、叶うかどうかはわかりませんが、「挑戦すること」を経験しておくことが多分大事なんだなって今は思うんです。
だから私は、それを"大学受験"というタイミングで成し遂げたいな、と考えました。
環境が及ぼす力の大きさ
私は、環境がどれだけ人を変えてしまうかというのを痛いほど分からされてきました。
特に私はそれが強い方なのかもしれませんが、「安全圏にいたい」、それは人間誰しもが思っていることです。
だからこそ、周りの人と協調して、人と違うのは隠さなくてはならない、個性は最小限に、なんてそんなことが美徳とされているんじゃないかと思います。「貴方の個性を大事にしなさい」なんていうのは綺麗事で、現実は違うんです。
そりゃあ皆が個性を大事にできる世界は素敵だと思います。でも、時と場所をわきまえる必要があり、ある程度その場の空気に「合わせること」が重要になってきます。
だからみんな、周りの環境のせいで視野が狭くなったり、自分自身を抑え込んでしまうことを無意識にやってしまいます。私の場合も、「皆と楽しく過ごすこと」を第一優先にするあまり、常にローリスクローリターンな生活を送ってきました。
でも学校という場所から離れた今、果たしてそれはいいことなのだろうか?と考えています。
受験の話になりますが、私は「受験は団体戦だ」という言葉が嫌いです。受験はどこまでも個人戦で、最終的には1人で戦う必要があるのではないでしょうか。
確かに、周りと切磋琢磨することで地力が上がることはあると思いますし、競い合ったり目標を共有することでいい効果がもたらされることも勿論あると思います。
とはいえそれは別に「皆で同じ目標に向かって、皆で合格するため」という訳では無いですよね。
志望する大学はそれぞれ違いますし、もし同じだとしても、仲間が受かったおかげて自分が受かるなんてことは無く、むしろ枠が減るので敵になってしまいます。
だから、確かに「切磋琢磨した方がいいよ」みたいな事に対しては共感するのですが、「団体戦だ」というのは単純化しすぎではないかと思います。
だからこそ、受験でもそうですし、受験以外にも言えるのは、
環境をうまく活用した人が、目標を手に入れるということではないでしょうか。
あくまでも私の意見ですが、今までの私のように人に引っ張られて、周りが頑張ってる程度になんとなく頑張る、周りが遊んでたら遊ぶ、とか、悪い影響を受けてるうちはどうやっても高い目標には届かないんじゃないかな、と思います。
ただ絶対に引っ張られるので、環境を無視して一匹狼で生きるんだ!ってことは、まぁできる人も居るかもしれないですが、少なくとも私には無理です。
なら最大限に活用できる環境に切り替えた上で、フルに活かしていく。環境を受け入れた上で、活かす。
それが1番いい方法なんじゃないかな、と思います。
自分の人生が一番面白い研究材料
私が記録する意味は大きく二つあって、
1つ目は、
似たような境遇の人と一緒に頑張りたいということ。
もしかしたらあまり多くの人には届かないかもしれないですが、少しでも見て貰えたら嬉しいですし、仲間がいれば頑張れます。読んでくれてる人ありがとうございます。
団体戦ではなくても、「同じ目標を共有して、高め合う」ことはすごく貴重ですし、私も他の方の受験生ブログを追って参考にさせていただこうかなと思います!
2つ目は、
自分の軌跡を残しておきたいということ。
自分自身を分析し、攻略することで、受験でも戦っていきたいなと思うのです。自分自身をゲームの主人公のように操って、受験という敵と戦う。
なんか厨二病チックですけど、面白くないですか?
んー、締め方がわからなかった。笑
とりあえずこれからがんばります!!ここまで読んでくれたという方はありがとう!大好きです!