すっかりお久しぶりになりました。
私はというと、経過は順調で無事7年目を迎えられそうです![]()
ただ、右下肢のリンパ浮腫がすこーしずつまた悪化してる感じがしていて、やっぱり右の下っ腹がパンパン、股関節・膝関節の曲げにくさ、右下肢全体のパンッとした感じがあります。
7月に3回目のLVAが決まってて、右下腹部をつなぐ予定なんで、上手いこといってちょっとでもマシになるといいなぁと思っております。。。
なんせ、弾性ストッキングがめちゃくちゃ値上がりしていて![]()
エルバレックスのオーダー、元々4万円弱だったものが昨年末には45,000円に…
そしてなんと![]()
今年から6万円くらいになるそうで![]()
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無理無理無理無理補助の金額も上げてもらわないと無理無理無理ーーーー![]()
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…生きていくのはお金がかかります![]()
さて。
タイトルの通り。
この半年、色々ありました。
まず祖母。
8月に帰省した時に母親から「調子が悪くて病院行ったけど治らん
」と聞き…
急いで徒歩30秒の祖母の家に行くと、もう明らかに呼吸がおかしい![]()
1回病院に行っただけでそれから5日変わらず具合悪い…と聞き、急いで病院に連れて行き、状態説明をして紹介状を書いてもらい、徒歩5分弱の国立病院機構の医療センターの救急に行くことができた
レントゲン・血液検査・CT・喀痰検査など色々してとりあえずそのまま入院…
1ヶ月後に、肺腺癌ステージ4の診断を受けたんです。。。
もっと早くに病院に行っとけば…と思ったけど、それを考えてもしょうがないし、なんなら私がお盆よりも早めに帰省したから8月頭に入院できたと祖母にありがたがられました![]()
そこから半年間…特に後半3ヶ月は酸素使い始めたら、どんどん自分でいろんなことができなくなって、呼吸もどんどん苦しくなって、しんどかったと思う。
最後は、本来なら車で30分の隣の市にある緩和ケアの病院に入院する予定だったけど、本人がそれをとてもとても嫌がって…
ありがたいことに主治医の先生・呼吸内科の先生・看護師さん皆さんとても良い方々に恵まれて、近所の医療センターで息を引き取りました。
2月2日早朝でした。
私はその前の日とその日と病院に泊まり込んでいて、昼間に母親と叔母が病院にいるといった感じで関わっていたので、その瞬間を3人で見守ることができました。
1番のおばあちゃんっ子の私。
いろんな感情があってまだ整理できてないけど、少しずつ前を向かないといけません。
しんみりするのはおばあちゃんも嫌がると思うしね![]()
そしてもう1人。
私が新人の頃2年だけ一緒に働いた先輩がいて。
その人に育ててもらったし、教えられたことは今もすごく残ってて、私の基礎となってるんですけど…
5年ちょっと前に脳腫瘍が見つかって…
この4年くらいは月に1回、電話でお話会をしておりました
去年の春過ぎに脳腫瘍が再発して、入院して…
それでも10月あたりまでは電話できてたんです。
11月くらいからLINEの返信が遅れたり、約束の日じゃないのに電話かかってきたり、次のお話会の日程を決めるのにも日付が分からなくなってしまったりして難しくなったり…という変化がみられてきてて。
12月は旦那さんと一緒に電話かけてきてくれて(それも約束した日ではなかったけど)。
話をしたのはそれが最後。
1月に入って、連絡が取りにくくなってしまって、今月祖母が亡くなってバタバタしてたこともあってなかなか連絡できず…
こないだLINEしたら、旦那さんからのお返事が。。。
スマホで文字を打ったり話したする事が難しくなって、更に家という環境で旦那さん1人で介護するのが難しくなったようで、1月末からホスピス型住宅に入ったそうです。
24時間、誰でも面会できるとのことで、今日少しお邪魔させてもらいました。
今は帰りの新幹線です。
覚醒が続かない事が多くて、食事も取れたり取れなかったりと聞いていたけど、今朝から覚醒がまた下がってしまって…
声をかけても目を開けることはなく…でも、耳は聞こえているので、いろんなお話をしました。
はじめは旦那さんが坐位保持装置に座らせてくださったんだけど、呼吸が荒くしんどそうで、結局ベッドに戻り…
このバタバタなタイミングで少し目を開けてくださったし、タイミングよく咳をしたりして、ちゃんと分かってくださったと思う。
大好きな先輩・尊敬する先輩・頼れるお姉さん的存在・癌サバイバー仲間…
正直、とてもショックでした。
一緒に先輩の同期の職員さんと一緒に行かせてもらったんだけど、ご一緒できてよかった。
1人だと無理だったな、多分![]()
また会いに行こう。
そんなこんなで、気がついたら2月が終わろうとしています。
もうすぐ3月。
元気に7年目をむかえないとね![]()
