人の目を気にせずに言いたい事を言える人ってどのくらいいるのか知りたい。


大前提


私はとても弱い。


打たれ弱いし、言葉を言葉通りに受け取る性格で、

いつまでも気にする性格をしていたと思う。


特に学校の集団生活は本当に苦手で、まともに通えた記憶は高校1年生の頃位だったなぁって思う。


当時、意地悪を言われた時に

しくしく泣いて我慢していたけどいつも心の中で


『悔しい』

『悲しい』

『辛い』


って声にならない声が何度もループしてた日々だった。


もしあの時、直接


『悲しい気持ちになるから言わないで』とか

『そういう事言うのをやめて欲しい』


って意地悪してくる人に伝えられる勇気が私にあったら、また違ったのかな?とも思うけど


結局は周りの目を気にして、


『嫌われてる』

『また一人ぼっちになる』って思うと、


喉の奥がつっかえたみたいに何も言えなくなっていた。


もし当時の私に今の私が声をかける事が出来るなら、


『辛いのに学校行って偉いね』


『良く頑張ってるね』


『意地悪言われて悲しかったよね』


って言ってあげたい。

共感して寄り添ってあげたい。


もし、そういう大人が居たら、もっと自分自身を愛せたり、認められたら、また違ったのかなとも思う。


そもそも日本人は共感されて育ってる人間は少ないと思うし、


私自身も共感される所か否定されたり、嘘つき呼ばわりされて育ってきたと思う事もあるので、他人に共感するなんて、自分がされてもいない事を人にしなさいと言われてると同じだと思う。


誰かが決めた『普通』


誰かが決めた『ルール』


誰かが決めた『当たり前』


全く同じ人がいないとよく耳にするけど、

ひとつの教室に全く違う生き物(人間)を入れて、

合う合わない関係なく、同じ物を食べさせて、同じ物を勉強させて、同じ事を繰り返しするのは、冷静に考えて難しいと思う。


というかわたし的には結構ありえないなって思う。


あくまでも私個人の意見だけど。


そりゃあ不登校児童や問題児なんて言われてしまう子供だって出るよなぁ。


というか自分がそうだった。


苦手な事は誰でもあるけど、私はとにかく学校は苦手だった。


好きか嫌いかって言うと初めは好きだった思う。


徐々に嫌な記憶が増えて嫌いと感じる様になってしまったけど、適性を見極める事が出来ていたら、楽しいと感じれている事もあったのかもしれないなって思った。


結局今ここに書いてる事を堂々と胸張って


『私はこう思う』


『私はこうしたい』


って今すぐ誰にでも出来るかって言えば出来ないだろう。


だから私は、まずは文字からでも私自身の素直な考えとか感じた事を


書き出したり、整理したりしたくてブログを書いてみる事にした。


ハードルを低いところから設定して、出来るようになったら、実際に友達や彼氏や家族に実践してみたいと思う。


だから今はありのままがストレスなく出せるこの場所で訓練していこうかなと思って綴ります。