祭日の今日、数年ぶりに会った知人は、一人暮らしになってしまい、しかも体調を崩して久しいと言う。症状は日常の暮しに支障をきたし、近所の病院に行くも改善なく、先行きを悲観しているらしい。

 

かける言葉に困るような状況は、なぜか私をして、申し訳ない気分に陥らせます。なぜだろう。私は自分の健康(かどうかは不確かですが)に贖罪を意識してしまうのです。

道徳的な倫理感は、どうしても健康とか、あるいは生きること自体までを、暗に否定する圧力作用を持っていると、私は思います。健康や生を、肯定し信頼し正当化することは、道徳的な精神支配とは共存しづらいような感覚を覚えてしまいます。

 

知人には、適切な病院の情報を伝え、私の良心の観点を道徳観に一致させてほしいと願うのでした。   (30.3.21)