もはやスパルタなんてワードも死語になりつつある昨今。
教鞭を執るという言葉も昭和の遺物である。
今の若い子たちは、われわれオッサン世代が考えるよりはるかに柔軟で、よい意味で「冷めた部分」を持ち合わせている。
楽しく、厳しく、追い詰められ、愉快にプレッシャーと向き合いながら邁進する、よく分からない「カオス世界」を満喫するのが創ゼミのクラス環境である。
頑張っている高3生のために、今日はピザを作ってきた(嘘)。
(全員出席したら一枚足りないギリギリの8枚切り3枚注文)
(みんなの希望マルゲリータ)
(安定のテリヤキチキン)
(これは何だろう。名付けるならベーコーンだろうか)
(仕切る塾生[←]と並ぶ塾生)
撮影も仕切りもすべて塾生に任せている。
(今日も最後尾から羨望の眼差しを向けるまさよし)
(統率の取れた左列)ピザが届くまで居眠りしていた子が1人いるのを私は見逃していない。
(バラバラな右列)
今年もこの25名と受験を乗り越えてゆかねばならない。
倒れてしまわないか心配だ。
私が。