5/8(金)。外はもう18時22分。

 

スマホも持たず都内のサウナに行き、ゆっくりと内面を整えつつ、小説を執筆する。

 

窓からは都会のビルが見える。
そのビルの中には、スーツ姿の男性たちがたくさん働いている。

きっと今日も、それぞれの場所で、それぞれの仕事をしているのだろう。

 

サウナでスカッシュ系の炭酸とサンドイッチをオーダーした。

 

家でも作れるような、なんてことのないメニューだ。
でも、サウナ後にはこれが格別に美味しい。

 

汗を流して、体が軽くなって、少しだけ頭の中も静かになる。
その状態で食べるサンドイッチと炭酸は、妙に体に染みる。

 

ただ、ふと頭によぎった。

「これ、僕が作ったら、もっと美味しいサンドイッチを作れそうだな」と。

 

市場が飽和しているので手は出さないが、
サウナも事業としてはアリだなと思う。

 

数千万円あれば、良い空間を作ることはできる。
良い商品を作って、それをちゃんと提供する。

結局のところ、お金儲けって、仕組みさえ見えれば意外とシンプルなのかもしれない。

 

もちろん、簡単というのは「楽」という意味ではない。
ちゃんと設計して、ちゃんと価値を作って、ちゃんと届ける。

それができれば、お金は自然と流れてくる。

 

なぜそう思ったかというと

過去の自分は努力しても努力しても

結局のところ、思い通りに稼げなかったからだ。

 

頑張っているのに、報われない。
動いているのに、なぜかお金が残らない。
スキルは増えているのに、現実が思ったように変わらない。

 

そんな時期が長かった。

 

「他人に生殺与奪の権を握らせるな!」

 

鬼滅の刃の冨岡義勇の名ゼリフだが、本当にその通りだと思う。

 

自分の人生の主導権を、他人に握らせてはいけない。
お金の流れも、仕事の選択も、自分の未来も、誰かに委ねすぎてはいけない。

 

もちろん今思えば、過去の7年半、もっと言えば17年間ぐらいかもしれないが、あの時間は無駄ではなかった。

 

器作りにもなった。
スキルも身についた。
人を見る目も養われた。
お金の流れも、事業の構造も、痛みを伴いながら学んだ。

 

だからこそ、今になって伏線回収はできているのだと思う。

ただ同時に、今ならこうも思う。

 

「努力は、そんなに力みすぎなくてもよかったのかもしれない」と。

 

大事なのは、ただ頑張ることではない。
 

初手の資金集めをどうするか。
その資金をどこに投下するか。
どんなコンテンツを作り、どのようにリリースし、どうお金を生み出すか。

ここが人によって大きく変わるのだろう。

 

同じ努力量でも、向かう方向が違えば結果はまったく変わる。
同じ時間を使っても、設計が違えば未来はまったく変わる。

 

そして、行動のすべてはその人次第だ。

 

その人の意識からエネルギーが湧いてくる。
そのエネルギーがマインドセットになり、行動になる。
行動が積み重なり、現実が変わっていく。

 

つまり、努力することよりも前に、
「自分がどんな意識状態でいるのか」がある。

 

焦りなのか。
不安なのか。
怒りなのか。
それとも、静かな確信なのか。

同じ行動をしていても、根っこにある意識が違えば、出てくる結果も変わる。

 

だから今は、ただ闇雲に頑張るよりも、
まずは自分の内面を整えること。

そして、整った状態で、正しい場所にエネルギーを注ぐこと。

 

サウナで汗を流しながら、小説を書きながら、都会のビルを眺めながら、そんなことを考えていた。

 

結局、人生も事業も、自分の意識状態から始まる。

 

自分が成功するかどうか

欲望に負けて堕ちていき金の亡者になるのかどうか

 

そんなことは

卵が先かニワトリが先かという問題と同じで

どっちでも良いわけだ。

 

結局は自分の捉え方、意識のあり方次第。

 

どんな現実を作るかは、
まず、自分がどんな状態でいるかで決まるのだと思う。

 

p.s.

書く行為というのは自分自身を表現する最も優れた行為の一つだと思う。

書いたり映像にしたりすることは自己表現をしていく上で大切なことだ。

 

そしてそれは自分にとって得意なことだ。

 

喜怒哀楽。

 

喜んで怒って哀しんで楽しんでいこう。