寿司業界の二項対立 | 出力モード

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恒例の日本マーケティング協会発行
「マーケティング・ホライズン」からの転載です。

特集テーマは「対立概念」。

僕はたまたまですが、前号に続いて
「寿司」について触れました。

***

日本を代表する食と言えば、何と言っても「寿司」だろう。
老若男女を問わずに愛され、そして今や世界中に広がっている。

しかし、実は国内において寿司店の数は大きく減少しているのだ。

総務省統計局が実施する経済センサスのデータによれば、
2009年には全国に28,865軒存在していた寿司店は、
2012年には25,536軒となっており、
たった3年間で実に12パーセントも減少している。

ただし、こうした市場の縮小は寿司に限ったことではない。
同じ3年間で外食産業全体を見ても
店舗数は9パーセント少なくなっている。

とは言え、そうした市場の落ち込みを上回るペースで
寿司店は世の中から姿を消しているのだ。

ちなみに寿司が市場以上に落ち込んでいるこの傾向は
最近に限った話ではなく、少なくとも10年以上にわたって
続いている大きな流れである。

こうしたデータはちょっと意外な気がしないだろうか。

というのも、寿司に関する情報は
テレビや雑誌などのメディアを通じて日々発信されていて、
寿司店の存在は非常に強く感じられるからだ。

グルメ番組を見れば、銀座あたりの超高級寿司店が
頻繁に取り上げられているのを目にする機会も多いだろう。

実際、グルメ界を代表する書籍「ミシュランガイド」の
2014年の東京・横浜・湘南版で最高級の三ツ星を
獲得している13店のうち、4つは寿司店が占めている。
そしてそれらの人気店は予約がまったく取れない
という声もしばしば耳にする。

一方で、回転寿司に関する話題も多い。
家族に人気の回転寿司店に行列ができている様子や、
最新式の寿司提供システムなどが
メディアではしばしば紹介されていて、
こちらも取り上げるネタには困らない。

リーディングカンパニーである「スシロー」
(株式会社あきんどスシロー)の業績が
回転寿司の好調ぶりを物語っている。

同社の2013年9月期の売上は1,193億円だが、
過去4年を順に振り返ってみると、
1,114億、998億、819億、745億となっており、
着実にそして力強く業績を伸ばしているのが明快だ。

スシローはこの5年間で実に60パーセントも
売上を拡大しているのである。

高級寿司も回転寿司も好調なのだとしたら、
冒頭で取り上げた「寿司業界の不調」は
どこで起きているのだろうか。

それはいわゆる「街のお寿司屋さん」だと考えられる。

皆さんは最近、そうした街の寿司店に足を運んだだろうか。
地元の駅前や商店街、住宅街に位置していて、
大将と女将さんとで切り盛りしているようなタイプの店だ。

客単価で言えば6,000円~1万円程度の
こうした店が急速に姿を消しているのだ。

その原因は一体何だろうか。

駅前やロードサイドに新たに開店した新興の回転寿司店に
客を奪われたというケースは確かに多いだろう。

しかし、おそらくそれだけではないはずだ。

本質的な要因は、寿司店が持っていた
様々な価値や利用シーンを、他ジャンルの飲食店に
奪われてしまったことではないかと私は考えている。

例えば、夫婦でちょっと贅沢な食事を楽しみたいとしよう。
かつてはその際に地元の寿司店は有力な選択肢だったはずだが、
今ではすっかり充実したイタリアンやフレンチのレストラン、
またはワインバルなどの業態に軍配が上がるだろう。

あるいは、子ども達が集まるから食事の出前を取るとしよう。
以前は馴染みの寿司屋にお願いすることも多かっただろうが、
最近では宅配ピザの独壇場だ(もちろん宅配専門の出前寿司も強い)。

さらには、家族みんなでワイワイと外食を楽しむときにも、
かつてだったら足を運んでいた寿司店の代わりに、
焼肉を選ぶというケースも多そうだ。

このようにして、元々街の寿司店が持っていた
「マルチな機能」は、寿司以外の様々な業態に
少しずつ浸食されていったのである。

ここで改めて「寿司」の最大の特徴について考えてみる。

一言で言うならば、
それは「高い」ということなのではないだろうか。

馬鹿みたいに聞こえるかもしれないが、
一連の変化の根底にあるのは、この事実なのだと思う。

海産物はいくら養殖が盛んになったとは言え、
肉類に比べれば安定供給がしにくく、絶対的に価格が高い。

世界各国で魚介類の消費量が増える中、
日本が中国や新興国に「買い負ける」などという話を
耳にすることもあるだろう。

その高い魚介にフォーカスした寿司は、当然ながら高いのだ。

けれども高いからこそ、華やかな外食や
自宅へ来てくれた人へのおもてなしなどのシーンにおいて
出番があったのである。

ところが、街の寿司店がこれまで提供してきたような
「中途半端な高さ」に対しては、
イタリアンやら焼肉やら宅配ピザやらの強力なライバルが
次々に出現してしまった。

これが街の寿司店が苦境に立たされている
大きな原因ではないだろうか。

しかし、そんな「中途半端な高さ」に甘んじなければ、
高さは価値になりうる。

高級寿司はそれを徹底的に突き詰めた世界だ。

世の中には「どうせ高いものを食べるならば、
本当にうまいものを選びたい」というニーズは
確かに存在していて、客単価2万円をオーバーするような
超高級寿司はそうしたリクエストにジャストフィットする。

かたや回転寿司は高さを逆手に取ったスタイルだ。

「本来高いものがこんなに安く食べられる」というのは、
驚きをもって迎え入れられる強い価値であるのは言うまでもない。

同時に回転寿司はそのオペレーションシステムの進歩もユニークだ。
最近では、タッチパネル式の注文スタイルが一般的であり、
注文したものが専用の超高速レーンで届けられるという
仕組みも広がりつつある。

価格の驚きとあわせて、回転寿司は「エンターテインメント」
として高い評価を獲得していると言えよう。

このようにして寿司の世界を改めて見渡すと、
超高級寿司店が提供する「圧倒的な贅沢感」と、
回転寿司がもたらす「徹底的なエンタメ性」、
この2つの価値に今や収斂していっているように思われる。

これらがある種の二項対立として、
今後も寿司業界の中心的価値であることは間違いないだろう。

けれども、淘汰されつつあるその中間帯にこそ、
改めて新しい価値が生まれてくることを期待したい。

それは「グルメ系回転寿司」かもしれないし、
「寿司居酒屋」かもしれない。

そんな「ちょっとだけ贅沢な気分」にこそ、
実は強く本質的なニーズがあるような気がするのだ。