私は6才年上の兄と二人兄弟です。


小さい頃から母に「家は貧乏だから・・・」と倹約生活をさせられてきました。

着るものも半分は兄の古着で、おもちゃとかもほとんど新しいものを買ってもらった記憶がありません。

レジャーというものもほとんど経験が無く、記憶にある家族でのお出かけは、4才くらいの時に行った川釣りと6才くらいの時に植物園に行ったことくらいです。


加えて母は倹約家というよりケチで無駄な出費を嫌うので、旅行とかは1回も連れて行ってもらったことがありません。さらに潔癖症で、毎日のように家の掃除、掃き掃除から拭き掃除までしていました。私も小学校高学年からは日課として拭き掃除が与えられました。


父はすでに他界しましたが、ごく普通のサラリーマンで異常な性癖はありませんでした。さすがに不憫に思ったのか小学5年生の時くらいから父とは親戚と一緒に海水浴に何回か連れて行ってもらったことがあります。


ただ、母は自己中心で癇癪持ち、怒らすと手がつけられないくらい攻撃的になります。小さい頃私も何回も叩かれたりしたことがありました。ある時、何が原因か忘れましたが、頭を叩かれその反動で柱の角に頭をぶつけ出血し2針ほど縫ったこともあります。


そんな母でしたので、父とも喧嘩が絶えず、1年の半分以上は夫婦喧嘩をしているような状態で、一家団欒という状態はほとんどありませんでした。子供の目から見ていても、悪いのは大抵、母です。ただ、それを指摘しようものならさらにヒステリックになるので、誰も止めるものがいないためそれを口にだすことはありませんでした。


父も私と二人の時には、母については褒めたことはなく、結婚相手にはきをつけろよと言われたものです。


また、母は専業主婦だったんですが、少しでも貯蓄するために、パートに行ったり、内職をしたりしていました。ほとんどがその性格から長続きすることはありませんでした。内職をしているときには、私達兄弟も、一緒になって手伝わさせられました。


当然のことながら母と遊ぶなんてことはなく、小さい頃からは近くの友達と遊ぶしかありませんでした。しかし、友達を家に呼ぶことはなく(友達を家に呼ぶと潔癖症の母は家の中が汚れると許さなかった)、大抵公園か友達の家に行くかしかありません。


それでも私はどこの家も同じような状態で、ごく普通に生活しているものと思っていました。母も怒らせると手がつけられないですが、それなりの愛情は感じてましたし、子供心に見放されたくないという思いで、常に母を怒らせないように気をつけていました。


良識や常識よりも、母が中心の幼少時代です。