「保留」のコストはタダではない

 

子供のころから、新聞や雑誌などの人生相談を読むのが好きだ。

 

見ず知らずの人たちの、さまざまな人生模様。

自分には思いもよらないような苦しみ、痛み。

ときには滑稽な(本人にとってはもちろん深刻な)悩み。

 

万華鏡のように毎日クルクルと変化していく相談内容は興味深い。

 

 

先週の日経新聞・土曜版に載っていた、30代の女性からの相談がふと目に止まった。

 

 

    

新卒で一般職入社、約15年勤めている。資格を取って昇格試験を何度も受けても不合格。子どもも、2人目を望むのか、年齢的に瀬戸際と焦る。仕事も私生活も中途半端で、自分が何も変わっておらず、成長していない。時間ばかりが早く過ぎ去り「毎日何をしているのか」と自分を責めてしまう。(一部抜粋)

 

今すぐどうにかしないといけないような切羽詰まった問題ではないものの、モヤモヤが続いていて、何だか毎日が苦しい。

 

でも、こんな悩み、贅沢だって思われそうで、人にも相談できない。

 

こういう悩みを抱えている30代〜40代の働く女性は、多そうだ。

 

 

さて回答者は、芸人の山田ルイ53世さん。

こういう、具体的に何かがどう、という問題とは違う、女性ならではの「気持ち」の上でのモヤっとした問題にどう答えるのだろうか。

 

こうした問題に対する答えは、ともすれば

「うんうん、わかるよ〜。そうだよね〜。」

という共感や、

「あなたが今持っている幸せに目を向けてみましょう」

とか、

「悩みから目を外に向けるために、何かにチャレンジしてみては?」

といった他人事アドバイスになりそうなのだが、彼の答えはどれにも当てはまらなかった。

 

 

    

ひとつ気になったのは、「中途半端」という言葉でしょうか。裏を返せば、「丸っきりダメでもない」という自負の表れ。よほど高い理想を胸に秘めておられるのか。

    

よもや、「まき散らす人達」、もとい、インフルエンサーのような方々の「すてきなライフスタイル」に振り回され、家庭や仕事のハードルを上げすぎていやしないかと心配なのです。

 

いつも言うことですが、あの手の発信は住宅展示場と同じ。モデルルームがきれいなのはそこに誰も住んでいないからです。

 

 

    

(会社への不満はあるが、転職はしていないことについて)

 

現状、行動には移されていない。この「保留・決めない」という選択肢を我々は「猶予」と捉えがちです。いわば、用済みの家具や家電をなんとなく部屋に置いておくようなもの。

 

 

   

捨てるのも面倒だからと先延ばしにした結果、「散らかってるな」とイライラし、「痛っ!」と足の小指をぶつけ、日々心身をむしばまれていく。

 

「保留」のコストは、タダではないのです。

 

    

存在しない「正解」の幻影に魅入られ、立ち尽くすのは滑稽。「こうする!」と一歩踏み出す、それ自体が救いになる局面もあるのではないでしょうか。

 

    

ゴールテープを切るように、ちょうどピッタリであの世へ旅立つ人はいません。倒れるときは皆等しく道半ば。人生など「中途半端」が相場です。

 

私たちはSNSやメディアで示される「完璧なゴール」ばかりイメージしていて、そこに至るまでの「プロセス」については、ひょっとするとほとんど注意を払っていないのかもしれない。

 

当然「完璧なゴール」にはいきなり到達しないわけで、壁の向こうを夢見ながら、高い壁を前に立ち尽くす。

 

壁の向こうに気を取られすぎて、壁の前で過ごす無為な時間、というコストについてはまったく見えていない、ということか。「保留のコストはタダではない」を覚えておきたい。