【働く人の味方です】 思いどおりにいかない日でも笑うセイカツ -2ページ目

いいえ私は先生ではありませんと答えた日

【カナダ大学院留学記前夜 その4】

 

学校の帰りに予備校に通ったことのない人間が

会社の帰りに予備校に通うことになった。

2016年秋学期。

初日はPre Writingというクラスだった。

Preとつくクラスは、正規のTOEFLのクラスに

まだ入れないレベルの学生が入るクラスである。

 

わかってはいたけれど、クラスメートは

ほぼ高校生。たまに中学生。20歳以上に出会うことは

本当に珍しかった。

のちに上のクラスに移った時には、帰国子女の割合が

ぐんと増えていた。

ここで私は、留学経験のない、帰国子女でもない、

日本生まれ日本育ちの子を

「純ジャパ」というのだということを学んだ。

純粋ジャパニーズですね。

亀戸の菜苑の「純レバ」みたいだ。

あれは純レバ丼だけど。

 

最初のころ、ワタシが教室に入るとギョッとされたことも

しばしば。ワタシが先に教室に入ってると

あとから来た生徒がギョッとすることもしばしば。

ついでに言えば先生すらギョッとすることもしばしば。

 

そりゃそうだ。父兄参観かと思いきや

普通の席にどっかり座ってるんだから。

クラスメートに
「先生ですか?」と聞かれたのは3度。

さらに自分の出来の悪さが引き金になり、

被害妄想甚だしかったワタシは、

教室で入り口近くの一番前の席に

なるべく陣取るようにしていた。

 

怖かったのだ。

「なんだよあのBBA」とか言われるのが。

「なんで母ちゃん来てんだよ」とか言われるのが。

ほかの生徒が視界に入るのが怖かったのだ。

 

でも、そんなことを言うような品のない子は

ただの一人もいなかった。

ワタシの心が一番荒んでいたんだな。

 

それにしても授業は新鮮だった。

つるんつるんの脳みそに、新たにシワを

丁寧に刻んでいくような、そんな感覚。

何がわからないかすらわからないけれど

一から丁寧にやり直していく感覚。

でももう一つ痛感したのが、

尋常ならざる「何も覚えられない」「記憶力の低下」。

悪いけどワタシは暗記物は得意だったのだ。

英単語だって、歴史の年号だって、

漢委奴国王だって、コンスタンティノープル陥落だって、

王政復古の大号令だって、覚えていられたのだ。

なのに!なのに!なぜ3分前に調べた単語を

今また調べているのだ? おっかしいでしょ?

 

まだまだ苦難の日々は続くのである。

まあもうちょっとおいしいとこだけつまんで

スピードアップしようかな。

前夜話してるだけで留学終わっちゃうと困るしな。

アグネス本当にごめんなさいと謝った日

【カナダ大学院留学記前夜 その3】

 

で、留学するはいいけれど、

ワタシはいまから何すればいいの?

というわけである。

 

何一つわからない。

教えてくれる人はいない。

周りの留学経験者だって、

ワタシの友人なのだ。留学したのは

20世紀の話である。

 

とりあえずこんな本を買う。

そして大学のWebサイトを見る。

そうなのね、TOEFLだとかIELTSっちゅう英語のテストを

受けるのね。なんて読むのかしら、これ。

まあ、塾だわね。予備校?どっちでもいいか。

 

何にも知らないというのは、結構強い。

 

そして、予備校探しをはじめ、

会社帰りに通えて合格実績のありそうなところを

見つけ、話を聞きに行く。

 

まあ、担当者さんもびっくりしたことだろう。

なんたって、学生の平均年齢の倍以上の

おばはん登場なわけで。

どう考えても保護者である。

 

で、自分のレベルを図るための試験を受ける。

クラス分けのためのものでもあり、

TOEFLの模試的なものでもあり。

ムズカシイほうとカンタンなほうがあり、

当然ですがカンタンな方を選ぶ。

 

カンタンなほうだしさー、正直、大学の要求点

(120点満点中92点)の

7割ぐらいはいけるんじゃない?くらい

思っていた。65点くらい。

だって今まで旅行とかでなんとかなってたし。

 

嘘だった。舐めていた。

 

試験が始まって、あまりのわからなさに愕然とし、

わかるものだけやっていってもスッカスカで。

リスニング問題は、ただただ過ぎて行ってしまった。

すべて四択で、わからないものはテキトーに埋めた。

 

結果、半分も取れなかった。惨敗。

なんてこと?

 

本番と違い、予備校の模試なので、どこが間違ったかを

確認することができる。

確信をもって「これしかない」と選んだものは

ことごとく間違っていた。

なぜ?え、今までこう使ってて、普通に通じてたよ!

 

その時私は気づいたのである。

旅行先の親切な外国人の皆さんは、

でっかい身振り手振りで一生懸命英語をしゃべろうとする

ちょっと丸目の日本人に対して

「英語上手ですねぇ~」と言ってくれていたのだと。

それはあることを思い出させた。

ワタシが子供のころから現在に至るまで

日本で活躍なさっているアグネス・チャン氏を見て

ワタシはいつも思っていた。

「30年も40年も日本にいるのに、なんでこんなに

日本語上達しないんだろうね、この人」と。

 

なんのことはない、ワタシが、アグネスだったんだ。

「ワタシ タクサン スルヨ ベンキョウ!」と

助詞が抜けていても、語順が違っても、

ネイティブスピーカーは理解するし、

ノンネイティブが一生懸命しゃべろうとしていると

それがどんなに下手くそでも称賛する。

それを私は、「英語しゃべれる」と

完全に勘違いしていて、そのスタイルを

四半世紀以上貫き通していたのだ。

でもそんなものは、「大学受験」の前では

木っ端みじんに打ち砕かれるのだ。

 

アグネス、本当にごめんなさい

 

そして低い鼻っ柱をさらにべしーーっとつぶされた

ワタシの予備校生活、まずは5教科週4日は

ビギナーのクラスから始まっていくのである。

これはちょうど1年前、2016年8月後半のお話。

 

 

 

どっちが面白いのか…と選択した日

【カナダ大学院留学記前夜 その2】

 

遅々として話は進まないうちに、もう渡航直前ですよ。

きっとこれからは「留学記前夜」と「留学記」が

同時進行するんですよ。

 

さて前回、2016年7月30日の宴席上で

「カナダにあるアドラー大学の大学院に留学」

という突然のミッションを突き付けられ、

固まるナガトーカオル。

その日の帰り道、地下鉄の入り口前で

財布を拾ったことは、この本編にはあまり関係なく。

 

「英語で大学院の授業受けるなんて絶対無理」

「英語は四半世紀まったく手つかずしかも勉強嫌い」

「実家の売却&80代の母親の住むとこ探し真っ最中」

「仕事はとりあえず、脂乗ってる」

「これから迎える秋は、みっちり出張が詰まってる」

 

え?それプラス受験勉強ですか?英語の?

誰がやるの?私?

 

無理。何度でもいうが、無理。

 

でも何かおかしな思いがムクムクと湧いてくる。

「今回の件は断って何もせずカナダに行かない人生」

「引き受けて苦労してカナダに行く人生」

いったいどちらが面白い?

 

そう、この「面白い」が私にとって曲者なのであって。

私の究極目標(人生において、最も大事にしている

価値観であり、そこを目指して生きているという指針)は

「面白さ」なのであり。

私の中で、物事は「それって面白いの?」で

判断が下される。ほぼ例外なく。

人生の大切なことも、重要なことも、大事なのは

「面白いか否か」なのである。

バカといわれるよりブスといわれるより

つまらないといわれるほうが

よっぽど屈辱的なのである、私にとっては。

 

芸人が天職だったのに。

でも芸人になってたら、

張り切って命張っちゃって落としちゃいかねないから

きっと神様は研修講師にしてくれたんだろうと思うほど。

 

どう考えても、

「聞いてないよー!」「ありえないし!」とか言いながら

ひーひー勉強をし、頭をかきむしり、一喜一憂しているほうが

あとから見たら面白そうなのである。

よいこのみなさんはまねをしないように。

 

「留学しなさいよ」の翌日、

「やってみようかと思います」という意思を

伝えてしまったときには、

その先に待ち受ける本当の試練は

私にはまったく見えていなかったのである。

 

甘かったな……