9月4日生まれ 凰稀かなめ
宝塚歌劇団の宙組トップスター、芹香斗亜さんが来春公演での退団を発表されました。
宝塚歌劇団のトップスターには、二種類のトップスターがいます。
配属された組から動かずそのままその組のトップになる
「生え抜き」トップスターと、時には何度も組替えを繰り返しながらトップに上り詰めるトップスターとです。
「組替え」は誰にとっても大きな負担となり、試練となります。一方でその試練は大きく成長するチャンスにもなります。
退団を発表された芹香斗亜さんは、星組→花組→宙組と2度の組替えを経験されています。
宙組には、いまだ「生え抜き」のトップスターは出ていませんので、彼女と同様の経験をしながらトップになられた方がほかにもいらっしゃいます。
そんなお一人、凰稀かなめさんは、宝塚歌劇団宙組6代目トップスターだった方です。
彼女は、今大河ドラマ『光る君へ』で赤染衛門を演じておられます。
主人公「まひろ」こと紫式部を応援するお役で、
柔らかい笑顔が印象的です。
彼女は1982年の今日、9月4日に生まれています。
宝塚歌劇団では、長身美貌の男役として早くから抜擢されました。
2度の新人公演主演されました。新人公演時代の彼女は圧倒的な美しさでした。
『ベルサイユのばら-オスカル編-』で主役ではなくアンドレ役をされたのですが、オスカル越えの美しさにびっくりしました。後に宙組トップとしてオスカル役もされました。
朝海ひかるさんの退団公演では、新人公演で、バレエの高いスキルをもっていてダンスが得意だった朝海さんにアテガキされた堕天使ルシファー役をされました。
ダンスがそこまで得意ではなかった彼女にとって大変な試練だったと思います。
「本役」である朝海ひかるさんのお手伝いをしながら教えてもらうのですが、多忙をきわめるトップスターの邪魔にならないように教えを請うのに苦労したことを退団時話されていました。
組替えの直前のバウホール公演『忘れ雪』は、
後に雪組トップスターになる音月桂さん主演作品でしたが、大きな存在感でお芝居の二番手として音月桂さんを支えた姿が印象的でした。
音月桂さんから「私がトップになったら支えてね」と言われていたようで、凰稀かなめさんも、音月桂さんを支えたい気持ち満載の印象をうけていましたが、その日は来ませんでした。星組二番手として組替えされたからです。
星組に組替えされたとき、雪組では大劇場公演のみで、
東京公演には出ず、一期上の若きトップスター柚希礼音さんのお披露目公演『太王四神記』ヨンホゲ役に抜擢されました。
2作品をすべて短期間で覚えなければならない上、
星組生80人近くのプロフィールを頭にたたき込み、さらに、当時雪組のトップ、水 夏希さんを中心に「アクアファイブ」というグループを結成し、CD出したり、ライブコンサートをしたり、テレビ出演したりといったイベントごともこなさなければなりませんでした。
寝る間もない激務だったことが想像されます。
そんな中稽古中に怪我をされています。
コンサートは休演されましたが、星組の柚希礼音さんのお披露目公演には、痛み止めを打って根性で出演されました。
そして星組にやっとなじんだ頃、2年もたたないうちに今度は宙組への組替えさせられました。この時は、当時のトップスター大空祐飛さんの後任として宙組トップの辞令がでていたとおもいます。
彼女は宙組への組替えをかなりしぶったようです。
彼女の抜擢を良く思わない人が宙組にいたからです。
宝塚歌劇は、スターシステムを採用しています。
トップスターもトップ娘役も誰もが目指す役ですが、誰もがなれるわけではありません。なので組子のみなさんは、
同志であると同時に熾烈なライバルでもあります。
彼女は、下級生時代は、上の人からとても可愛がられる生徒さんだったようです。
それは、上級性を敬い、力になろうと精進する意識をもっておられたからでしょう。
厳しくも愛ある教えをもとに成長した彼女は、トップスターになったとき、伝統的な厳しさをもったトップだったようです。
彼女はなによりも、宝塚を愛し、宝塚を愛するお客様を愛されました。そしてその期待に応えるために、最高のパフォーマンスを提供するために、自他ともに厳しく教え導くトップさんでした。
相手役の実咲凜音さんとは、学年が9期も離れていました。
実咲凜音さんは、花組から組替えされてすぐトップ娘役に就任する情況だったので大変苦労されたと思います。
トップスターは、学年のはなれた相手役の場合は、
不慣れな相手役を教え導きながらトップの重責を担うことが求められます。
このように大変な苦労の道のりを経てトップになった彼女ですが、トップ就任時、彼女を支える2番手で次の宙組トップ当確者として、朝夏まなとさんが宙組来られました。
朝夏さんも、花組から組替えされてこられた方でしたし、彼女の持ち前の明るさが凰稀かなめさんをよく支えられたのではないでしょうか。
前置きが長くなりましたが、凰稀かなめさんの命式をみてみましょう。
凰稀かなめさん
1982年9月4日生まれ
干支 蔵干 通変星 12運
年 壬戌 戊 食神 偏印 衰
月 戊申 庚 偏印 比肩 建禄
日 庚寅 甲 -- 偏財 絶
「庚寅」日生まれです。
「金」と「木」という真反対の五行の組み合わせをもつ「庚寅」の人は二面性をもっている人です。
「木」は草木が勢いよく育つ春の気をもっています。命式に「甲」をもつひとは、向上心が強くて、若々しく、「命のぬくもり」を感じさせる人です。
一方、「庚=金」をもつ人は、大人っぽく、頭脳明晰で、落ち着いた人です。
彼女は十干が「庚」なので、大人っぽいクールビューティー(庚の女性は美しい人がおおい)で、頭脳明晰、冷静沈着といった性格をもっています。
一方で、若々しい青春の輝きや、人間的暖かみももっています。
日柱の通変星が「偏財」なので、人当たりがよく、面倒見のいい性格で人脈を広げていきます。
月柱の天干通変星は「偏印」、蔵干通変星は「比肩」です。
「偏印」は好奇心旺盛で、いろいろなことに興味をもつ人です。才能と人気運がある人でもあります。
「比肩」は自我の星で、負けず嫌いで競争心が強く、プライドが高く、一人で物事を成し遂げようという気概のある人です。
十干が「庚」の彼女は、自らに試練を嫁し、それによって、自らを切れ味のよい刀の様に磨き上げることのできる星を持った人です。
試練の中で上をめざすトップスターにふさわしい星といえるでしょう。