今のようなやさぐれた作家になる前、私はグラビアアイドルを目指していました。(若気のいたりです。許してください)

上京したての当時、生活費を稼ぐためキャバクラで働いていました。
店には十数人の女の子がいましたが、その中に私と同じ境遇のグラドルの卵たちも何人かいました。
これはその中の一人、Sちゃんにまつわる恐怖体験です。

Sちゃんが店にやって来たのは、私が働き始めて数ヵ月たったころでした。
彼女はどちらかというと無口なほうで、いい意味で馴れ馴れしくない、悪い意味で社交性に乏しい一匹狼タイプでした。
もちろん仕事中はそんなことありませんが、プライベートでメアドを交換したり、仕事終わりに従業員と食事に行ったりすることはほとんどありませんでした。

私はそんなクールな人柄がなんだか好きになってしまい、彼女とは職場で唯一心を開いて話せる仲でした。
だから、そんな落ち着いたイメージのある彼女が、夜中泣きじゃくって電話してきたときには何事かと慌てました。

「襲われた……」
声にならない声でした。彼女が嗚咽をもらすたび、私も涙が出てきました。

それはアフター中の出来事でした。
酔っ払った客が豹変し、彼女を襲ったのです。もちろん彼女も抵抗したそうなのですが、完全に理性を失った相手の血走った目を見て、自分が暴れたら何をされるかわからないと、咄嗟にブレーキがかかったそうです。

彼女らしいです。そんなときでも落ち着いている。
さらに彼女はこうも言いました。 「アイドルになりたいなら、大ごとにしない方がいいよね」 

たしかにその通りです。
もし警察沙汰にでもなったら、相手の男に意趣返しはできても、自分の夢はその瞬間に断たれてしまいます。

彼女の言うことはいちいち的をえていました。
だけど、私は許せなかった。電話を切ったあとも、どうにかして相手の男を苦しめてやれないかと考えを巡らせました。

しかし数ヶ月後、Sちゃんが正しかったんだと知ることになりました。
それは夕方のニュースでした。キャスターが聞き覚えのある名前を言いました。
Sちゃんを襲った男です。警察に捕まったという報道でした。

罪名は……強姦殺人。詳細は記せませんが、Sちゃんを襲ったときと全く同じ手口でした。
抵抗した女の子を殴る蹴るなどして、殺していました。

もしもあのときSちゃんが暴れていたなら……。
月並な言い方かも知れませんが、世の中で最も恐ろしいもの、それは間違いなく人間ですよ。


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